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第82話 謁見

 文武百官が居並ぶ間を堂々と父が歩む。私はしずしず父の後ろを歩む母に抱きかかえられ、ほぇぇと周囲を見渡しながら進む。階段状の舞台の二段目まで上がり、父が平伏する。一段下がレフェショで、ここがレフェショヴェーダの場所なのかな。まだまだ玉座までは遠いが、十分に表情が判別出来る距離だ。母も私を下ろし平伏するので、てちてちと後ろに下がってちょこんと平伏する。


「リグヴェーダのおなーりー」


 独特の節回しで舞台奥から声が響くと、背後の官職の皆さんが一斉に平伏する。その風と衣擦れの音が辺りに満ち、止んだと思った瞬間、ぐわっと熱気を感じる。

 初見の印象は、大きい、そして熱いだった。浅黒い顔に男臭い笑みを浮かべた男は、衣装を気にせず大股で歩む。ただ、その存在感は計り知れない。日本に住んでいた時に皇族や王族に出会った事は無かったので比較は出来ない。初めての王様はどこまでも偉大だった。視線が固定されて、こちらに近づいてくるごとに巨大になっていく。そんな感情を浮かび上がらせんとする男だった。


「久しいな、ディー。話は聞いておる。若くしての成果、大儀である!!」


 男臭い顔に合う、野太くもどこか色気を感じさせる独特の声に酔いそうになりながら、ちらちらと顔を伺ってしまう。


「はっ!! 陛下におかれましてはご健康……」


「よいよい。詳しくは奥で聞こう」


 楽しそうな国王の言葉に、平伏していた官職の皆さんがざざぁとさざ波のような音を残して、玉座の間から去っていく。国王が帳の奥に消えると、父が立ち上がり、母が立ち上がる。私も立ち上がってみると、頬からてとんと雫が零れる。ぱっと顔に手をやると、額から大量の汗が噴き出ている。なんじゃこりゃー!!


「ほうら、ティーダ。顔を上げて。ふふ、緊張したのね」


 母がくすっと笑うと、胸元から取り出した布で顔を拭ってくれる。無意識に当てられたのか……。ふぉぉ、怖ー。


「もう少し辛抱して欲しい。頑張れるかい?」


 父がそっと肩を抱いて、告げてくるのに、こくりと頷きを返す。良い子だと頭を撫でられ、手を繋いで一緒に奥の帳に向かう。応接間のような豪奢な空間を抜け、廊下を進み最奥の扉を開く。そこは、二十畳程の空間だが華美な装飾は無く、落ち着いた雰囲気を感じさせる空間だった。


「ここも久々です」


 父が嬉しそうに語ると優美に平伏する。それに倣って、母と私もちょこりと平伏する。


「よい、面を上げよ。護衛は知っての通りだが、気にするな。ティンも久しい。顔を見せてくれぬか?」


 国王が告げるのに合わせて母がそっと立ち上がるので、私も顔を上げる。そこには好々爺然とした大きな顔があり、びっくりして腰が引ける。ぐっと堪えたが、驚きに体が反応して泣き始めてしまう。


「おぅおぅ、これはこれは。おどかすつもりは無かったのだ」


 すまなそうに眉を下げる国王が下がり、母がひょいっと抱き上げてくれてよしよしと背中を叩いてくれると、落ち着いてきてひっくひっくとしゃくりあげるのが静かになる。


「ディーよ、四年か?」


「はい。近衛を辞してよりのご無沙汰。汗顔の至りです」


「ティラーンの後を継ぐのだ。忙しいのはしようがなかろう。よくぞ参った」


 先程の雄大さを感じさせる語りではなく、温かな人間の魅力が詰まった声音で語る国王が奥のソファーに腰掛ける。その前にあるソファーを手で示すのに合わせ、父と母がかけ、その間に私がちょこんとかける。


「ほぉ、もう大きくなるものだな」


 私の方を国王が優しげな眼で眺めるので、よっとソファーから立ち上がり、平伏する。


「はじめまして、へいか。レフェショヴェーダディーがこ、ティーダです。ふたつです」


 そう告げると、ぱふぱふと拍手の音と共に、呵々大笑が響く。


「よい、よい。面を上げよ。飛燕と才媛の子は優秀よな。儂がリグヴェーダだ。何か困れば頼るが良い」


「陛下?」


「はは。可愛いものではないか。永の臣下に苦労をかけておるのだ。その子くらい可愛がらせよ」


 母のじとっとした声を、国王が笑い飛ばす。


「して、先触れより話は聞いておりますが、詳細を伝えて欲しいものです」


 入口の方から声が聞こえてきたと思うと、何だかひらひらした衣装を着た信楽焼の狸みたいなお爺ちゃんがこちらに向かってくる。


「宰相閣下、久しく。では、急ぎ説明致します」


 宰相と呼ばれたお爺ちゃんが入り口側の一人がけのソファーに座ると、父の説明が始まる。突然のヴェーチィーの訪問、難題を吹っ掛けられた事。そして私が作った荷馬車で鰻を運んできた事。静かに聞いていた国王と宰相が徐々に頭を抱える。


「あのやんちゃ娘が。近隣を視察したいなど殊勝な事を言い出すと思えば……。もう七つぞ。ディーの子を見習えとは言わぬが、もう少し落ち着かぬものか……」


「陛下。陛下が甘やかすのもあるかと。末の子供と思い、少し構いすぎですぞ?」


 国王と宰相の応酬に頬の端がひくひくしてくる。ちょっと怖いし、父の立ち位置が分からないので言葉も発せない。何だか、えらく歓迎してもらっているし、親密な感じだ。近衛って兵隊の一部だろうし、レフェショなんて言ってしまえば地方を自治している程度の職業だ。思った以上に官僚の数も王都の規模も大きかった。父くらいの地位の人間は山のようにいそうだと思うのだが……。


「して、荷馬車と言うのはなんだ? 馬の丸い物というのが分からぬ」


 国王の言葉に宰相がこくりと頷く。ぽふぽふと手を叩くと、父に頼まれたラーシーが引いている荷馬車の模型のちょっと豪華なレプリカを武装した兵が持ってくる。


「このような物を馬が引くのです。今までの輸送量を遥かに凌ぐ事になるでしょうな」


 石を積載した馬車の模型をすっと宰相が押すと、精度を追求した車輪がころころと荷馬車の模型を先に進ませる。ほぉっと興味深そうに目を見開いた国王が自分でも押してみる。


「おぉ、進みおった。これは面白い。ディーよ、これは何なのだ?」


「この子が、ティーダが見出した産物にございます」


 父が告げると、そっと私を抱きしめてくれる。


「ティーダは老母様の仰るに、神の慈悲に照らされる子なのだそうです」


 父が少し悲しそうな表情でそれを告げると、国王と宰相がびくりっと眉を動かす。


「ふむ。天命を見る老母が神の慈悲と……」


「このような子が、このような物を考え出すとは……。にわかには考えられません。しかし、老母が告げるのであれば相違ないのでしょう」


 二人がぼそぼそと独り言ちるのに、にわかに不安を感じる。くいっと眉が上がり、泣き出しそうになるのを母も抱きしめてくれる。


「どうか、どうかまだティーダは二つ。まだ親の愛も十分に与えられてはいない子供です。引き離すような事は……」


 母が告げようとすると、優しい表情を浮かべた二人がそっと首を振る。


「そのような事は考えておらぬ。子には十分な愛情が必要なのは道理」


「左様です。子供に城仕えをせよなどと誰が言いましょうか。ただ、有用な物は有用。隠さず伝えてもらえれば、守る事も出来ましょう」


 二人の言葉に母が表情を明るいものに変える。


「ただでさえティンにはヴェーチィーの我儘で父母から引き離される事態になっておる。親の因果が子にまでなど、外聞の悪い事が出来ようか。そもそも親と子が引き離されておる現状すらも憂いというのに」


 国王の言葉に、そっと母が頭を下げる。


「しかし、そうなると先日の燻製もこの子の?」


 宰相の言葉に、父が静かに頷く。その所作に、宰相がむむむと顎をさすり始める。


「いや、計り知れぬ。魚が長く食べられるというのは政務においても、軍略においても大きな意味を成す。肉のように魚に塩をして干すと考えれば近いのだが、あのように豊穣な物にはならぬ。実際に兵にも食させたが、評判はすこぶるよい。食以外に楽しみが無い兵が喜ぶのだ」


 宰相の言葉にえらく食に拘るなと思っていたが、訳を思い浮かべていたので納得もする。

 父が教えてくれた本では、国王に次ぐので宰相とか参議と考えていたが、実際の言葉ではフェーリリーティー。食全般を司る者みたいな言葉になる。日本の宰相の宰の字も肉料理や料理人なんて意味を持っていたし、原始国家においては食が大切なのは共通なのだろうなと考えた。


「士気に与える影響は計れぬな。褒美をやりたいところだが、ディーが隠したいというので今は我慢せよ。なれどよくやった。褒めてつかわす」


 国王に、にこりと頭を直接撫でられたので、にっこりと頭を下げる。 


「今回の用件は鰻が美味かったので儂に食わせたいという話じゃったな」


 国王の言葉にきらりと宰相の目が光る。そりゃ、食を司る人にとっては、とても食べられない物が食べられるようになるのは何よりも大きな収穫になるのだろうなと。


「食わせてくれるか?」


 国王の言葉に、一家揃って元気よくはいと頷いた。

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