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第81話 朝ご飯

 小さな紅葉でぺちぺちと母の背中を叩いていると、むにゃむにゃと口元を動かしながら、ぼうとした様子で上体を起こす。その口の端に昨夜の残滓が残っており、ひくっと引いてしまう。まぁ、お疲れ様だったし、家事も無かったから。


「まま、おなかすいたの」


「あぁ、ティーダ、良かったわ。昨夜はレレテリーテの中で寝てしまったもの。心配して何度も起こしたのよ? お医者様が仰るには疲れが溜まっているだけだから休ませてあげなさいって」


 あわあわと慌てた母がぎゅっと抱きしめながら昨日の様子を伝えてくれるので、ぽんぽんと背中を叩いて解いてもらう。レレテリーテはお風呂なのかな。


「おなかとせなかがくっつきそうなの」


 きゅーんと雨に打たれた仔犬のような様子で憐れな感じを振りまいてみると、母がくすくすと笑いだす。


「待っていて、ディーを起すから。あぁ、お風呂気に入ったのよね? 一緒に入りましょう。急いで用意をするから。それまでは広間の果物でも食べていなさいな」


 にっこりと微笑んで頬を出してくる母にぷにぷにと頬を当てて、あいっと元気よく返事をする。てちてちと部屋に入ってきた時の広間に向かうと、大きな一枚板のテーブルには色とりどりの果物が置かれている。秋の恵みはどこも一緒なんだなと、見た事があるものもないものも関係なく、手に取ってみる。


「剥きましょうか?」


 いきなり声をかけられて、びびくぅっと飛び上がる。後ろを振り向くと侍女のお姉さんがにこやかな様子で立っていた。幽霊みたいに気付かなかった。ちょっとびっくりした。貴人のお世話をするには気配を消さないと駄目という約束事でもあるのかと、ちょっと文句を言いたい。


「おねがいできますか?」


「あら……。はい」


 一瞬驚いた様子のお姉さんが、次の瞬間にっこりと満面の笑みを浮かべて、焦げ茶色の握りこぶしほどの大きさをした実を取り上げる。果物ナイフ程度の鋸刃のナイフを身に当てると、器用に皮を割り、つるりと剥いてしまう。中にはトマトのような朱色をした果肉が入っており驚いた。どうぞと切り分けたものを皿に乗せて差し出してくれるので、受け取り、フォークで口に運ぶ。


「ひゅぉ、すっぱいの……。あ、でもあとからあまくなる……。ふぉぉ、おもしろい」


 口に入れた瞬間はベリー系の酸っぱさを感じたが、種の付近に強烈な蜜のような層があって、そこが甘い。初めての甘味と空腹に押されるように、赤い実をはくはくと頬張る。


「ごちそうさまです」


 子供のお腹には果物一個でも結構多い。家だと三人で分けるけど、このままでは朝食の隙間が無くなりそうだったので、お姉さんにお礼を伝える。すると、にこやかだったお姉さんの表情が少し面白そうなものを見る表情に変わる。


「礼儀正しいんですね。ディー様、いえ奥様のご教育でしょうか」


「もしただしいこうどうができてるのであれば、りょうしんのくんとうのたまものです」


 こくりと頭を下げて伝えると、ほぉっと驚き混じりの表情でお姉さんも美しい所作でお辞儀を返してくれる。お互いに頭を上げて、微笑み合う。


「あら、食べられたのね。良かったわ。お世話、ありがとう」


「いえ、奥様。利発なお子様ですね」


 お姉さんが微笑みながら持ち上げてくれるのが恥ずかしかったので、母をお尻をぐいぐいとお風呂の方に押してみる。あらあらと母とお姉さんが笑いあい、すっとお姉さんが下がっていく。お風呂係を呼んでくれるのだろう。



「ぬくかったの……。さっぱり」


 寝起きと言う事で、お風呂を堪能出来た私は上機嫌だ。お風呂に設けられた窓からの眺めは湯気に曇りながらも絶景だった。揺蕩う湯気の先に、炊事の煙が上がる街並みの姿を見るのは何とも風情を感じるものだ。


「秋というのに、昨夜は冷え込んだからね」


 最後に入った父がレフェショヴェーダの衣装を纏って、背後から頭を撫でてくれる。


「おもかったの。あさ、でるのたいへんだったの!!」


 田舎の民宿とかで出てくる重い布団のように、みっちりと綿が詰まった布団はお腹が空いた幼児の身で抜け出すには少々酷な代物だった。その言葉に、一瞬呆けた二人が呵々と笑い始める。


「あれだけの綿を使うのは贅沢なのに。もう、ティーダったらおかしいの」


 母がそっと抱き上げてくれるのは良いが、笑いっぱなしだ。


「さて、朝ご飯に向かおうか」



 贅を尽くした内装の廊下を抜けて、大広間のような場所に通される。中には侍従、侍女以外は誰もおらず、私達一家の為だけの空間のようだ。テーブルの前にてちてちと移動してちょこんと陣取りどのような物が出てくるかわくわくしながら待つ。

 もう用意はされていたのだろう。朝というのに、広いテーブル一杯に大皿が並ぶ。満漢全席のように居並ぶ姿に、果物で宥めたはずのお腹が激しく動く。


「ほら、取り分けるから。大人しく座りなさい」


 母の言葉に、気付かない内に中腰になって眺めていたのに気づく。ぽっと頬を赤らめながら、いそいそと姿勢を正す。小皿に少しずつ母が取り分けてくれて、目の前に並べてくれる。フォークを握ってドキドキしていると、父の朝の言葉と共に朝食が始まる。


「ふぉぉ、あじがこいの!! おいしい!!」


 正直村の食生活で、舐めていた部分はある。この世界の食事は現代日本に比べて美味しくないのだろうと。いやいや、そんな事は無かった。やはり贅を尽くせる場所であれば、食事というのは自ずと美味しくなるものだ。何より、味にメリハリがあって、幼児の舌にもびびっと来る。塩や砂糖、その他調味料がふんだんに用いられているのだろう。村だと、そういう調味料も貴重なのでどうしても薄味単調な感じになる。

 ただ、焼くか煮るか茹でるくらいしかバリエーションが無いのは少し寂しい。この辺りに攻め込めるヒントが隠れている感じはする。揚げ物とか、そういうのが欲しい。


「このおさかな、おおきいね」


「クワーレか。ここで出ると言う事は、わざわざかなり上流で釣っているのだろう。大儀だな」


 銀に朱点が混じった皮を捲ると、中からは薄紅の身が出てくる。ニジマスみたいな魚なのかなと思い、むしって頬張ると、強烈で清冽な緑の香りが口に広がる。松葉に近い香りは、上にかけられている油に匂いを移しているのだろう。それとは別に身自体からも苔に似た香りがふんわりと広がり、秋魚特有の脂の濃さと相まって、口元を緩ませる。


「おいしい……」


 小麦でとろみをつけたあんかけの粥や野菜を煮崩したスープなど、素材の味を活かした朝ご飯らしい消化に良い品を堪能し、そっと口を拭う。


「ごちそうさまでした」


 ほわほわと幸せな余韻に浸っていると、ひょいっと父に担がれる。


「すまないが、ゆっくりは出来ないよ。献上品の様子を見て、早めに登城しないと」


 その言葉に、ここ(リグヴェーダ)に来た目的を思い出す。


「えっけんなの!!」


 気合を入れ直し、難しい表情を浮かべてみた。その様子を伺っていた侍従、侍女はほんわか笑っている。幼児が難しい顔で担がれているのを見るのは面白いのだろう。締まらない、しょぼん。

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