第8話 家族サービス
絵単語は覚えたので、どうも母は普通の単語も教える事にしたらしい。
甲骨文字がひたすらに書かれた紙……羊皮紙を持って部屋の真ん中でお勉強の時間だ。そう、絶対にこれ、羊皮紙だ。まだ視力がはっきりせずにぼんやりしていたが、やっと鮮明さを増してきて気付いた。このテクスチャーは見覚えがある。
どういうことなのだろう。文明が終焉した世界に生れ落ちてしまったのだろうかと、19xx年のひゃっはーな状況を思い浮かべたが、それにしてはあまりカツカツしていないので、取り敢えず平和を享受する事にする。
「ゲ・ル・ティ・メー・タ、柔らかい毛 あれ」
単語の一文字一文字を指しながら、読み方と、意味を教えてくれる。今回は、毛布の事らしいなと算段をつける。ててーっとハイハイして毛布に包まって、えへっと笑うと、母がにまーと笑み崩れる。
「ディーリー、かしこい。ふふ、ゲルティア」
母がぷにぷにと幸せそうに頬を突くので、すりすりと顔を近付けると、むにゅーと顔で迎撃される。
何となく文法が分かってきて、単語が入ってくると、言葉としてきちんと耳に入ってくる。まだまだ思考は日本語で行っているが、言葉として出力するのはここの言葉という状況には慣れてきた。ただ、あんまりはっきりと話すと何か問題がありそうなので、適当にごまかすようにはしている。後はアクセントやニュアンスで変わる表現を覚えるだけだ。
「まーま、すきー。ぱーぱ、すきー」
ニコニコしながら言ってみると、ぴしっと固まった母がぷるぷると震えて、感涙を始める。
「もう一度」
「まーま、すきー。ぱーぱ、すきー」
「もう一度」
エンドレスになりそうなので、きゅっと抱き着く。そのまま持ち上げられて、また書類が沢山ある部屋に連れて行かれる。そこでは父が机に向かって難しい顔をしていた。
「何かあった? ティン」
「もう一度」
父の疑問に母がこちらに催促をしてくる。
「まーま、すきー。ぱーぱ、すきー」
だーっと両手を広げて、言ってみると、父も固まる。
「はっきりと話せる。凄い」
「私の功労」
「ティン、偉い」
そんな感じで母と私を抱きしめて、くるくると回り出す。至って日常だなと思いながら、されるがままになっていると、今日は少し違う進展があった。
「そろそろ、老人の母に見せる。見立てが違った」
聞き覚えの無い単語に内心首を傾げながら、父の歓迎から抜けて食事に向かう。はいはいが出来る頃から徐々に離乳食も併用になったので、少しだけ食事も楽しみだ。
ただ、大半は匂いが強い牛乳にプチプチした穀物が入った物なのでちょっとだけ残念ではある。それでも、固形物を全く食べないよりは何かを噛む方が楽しいので、喜んで食べる。それに喜ぶと……。
「美味しい? リーディー」
「あい!!」
母が本当に喜ぶのだから。