第74話 金箔細工
どぅー、熱っぽい。体を動かそうとすると、関節が悲鳴を上げて動かせない。幾ら布をかけても寒く感じる。これは……風邪だと思う。
母が起きた途端、私の様子がおかしいのに気づいて額に触れる。
「あら、大変!! ディー、ディー!!」
病人らしい状況になるのに、三十分とかかりませんでした。額の上には濡れた布が置かれているが正直、ここから冷気が入ってきてぞくぞくするけど文句は言えない。
「ディー、昨日何をしていたの!!」
部屋の引き戸の外では、父が母に激しく詰問されているのが漏れ聞こえる。昨日体が冷えるまで川で作業をしていたのが敗因かと大人しく養生する事に決めた。しかし、子供の体と言うのは敏感と言うか、脆いと言うか。
父へのお仕置きを済ませた母が、柔らかく炊いた乳粥を口に入れてくれるのをまむまむと咀嚼する。鼻水が詰まって全く味は分からないが、温かいのが嬉しい。
咀嚼に疲れてふへぇと伸びていると、てちてちとラーシーが近付いてくる。ふんふんと嗅いでいるラーシーの頭を撫でるとひゃふひゃふと鳴くが、かまえないと分かると部屋の隅の方に移動していく。流石野生。
眠る前に様子を見に来た父に朦朧としながら砂金の探し方を伝えると、力尽きたのか、そのまま意識を失う。ぱたんきゅう。
「ふぉぉ、いちゃいの?」
「ねんねすゆ」
ふと意識が戻ると、フェリルとジェシのどアップが眼前にあってびっくりした。風邪が感染するかもしれないからと伝えるも、中々出ていかずに仕舞には看病する母の真似をしだしたのでどうしようかなと。あ、濡れたままの布を頭にかけないで、濡れちゃう。
取り敢えず再度意識を失う時に考えたのは、ウェルシの誕生日が大分近付いてきているけど熊おっさんの進捗はどうなのかなだった。
結局三日程寝入っていると、鼻がぐずぐずする程度まで治ってくれた。母はまだ心配そうだったけど、子供が病気をするのは日常茶飯事なので気にしたら負けだろう。それに、フェリルとジェシが頻繁に様子を見に来ていたので、風邪を引いていないかが心配だ。
まだまだ心配している母から部屋で乳粥を食べさせてもらって庭に出ると、お花を持ったフェリルとジェシが丁度庭に入ってきたところだった。
「ふぉ!! てぃーだ!! げんき!!」
「だいよーぶ? あしょべる?」
お見舞いに感謝の旨を告げると、激しく照れた後に、二人揃って花を差し出してくる。シロツメクサに似た花は子供でもすぐに摘めるので、二人で相談して摘んできたのだろう。私は、それを受け取り、紅葉より少しだけ大きくなった手でちまちま編み込み、花環にして、二人の頭に乗せる。
「きゃ!!」
「ふわ、ねえしゃまみたい!!」
それぞれの姿を見て興奮したのか、きゃっきゃと言いながらお母さんに見せに走っていった。さてさて、動けない間にどうなっていたのか、確認しないといけないなと。
「ほぼ完成だな」
日が陰る間際に熊おっさんのところに行くと、機織り機は形を成して鎮座していた。各部の駆動も問題無い。
「あとは、かいたいしていどうできるかかな……」
私が告げると熊おっさんが、がちゃがちゃと解体し始める。最終的には一般家庭の扉を通れるくらいの大きさまで解体出来るようだ。
「はたおりごやのしんちょくはどうなんだろう」
解体から組み立てまでを確認し熊おっさんに告げると、小屋の方も完成したらしい。出来れば今後、各家庭の職住分離を進めたいと思っていたので、第一弾として機織り用の小屋を作ってもらった。別にウェルシの為じゃないんだから、勘違いしないでよね。どうしても家にいると、家事を気にしながらの作業になる。それに機材を置くスペースも必要だ。それだったら始めから独立している方が良いだろうと言う事で父に頼んでみた。それもこれも布の生産量が増える事を前提にしているので、お母さん方には頑張ってほしい。
熊おっさんに別れを告げて、家に戻ると夕食となる。久々の固形物に感動しながら食事を終え、ミーティングとなる。
「きんはあった?」
私が問うと、父が小さな巾着をひっくり返す。その中にはまとめられて、成人男性の人差し指の第一関節程度とみられる金の塊がころりと入っていた。三日と考えるとずいぶん多い。それでも、溶かしてしまえば爪くらいの大きさだろうなと。
「部族長に手が空いている者を選抜してもらって浚ったよ。下流の足が届く範囲は確認したけど、これ以上は難しいね。そもそも金は王家が管理するものだから売る事も出来ない。小遣い程度だとこれが限界だよ」
父の言葉に、こくりと頷く。正直、これだけの人数を三日も拘束したのなら金の価値よりも人件費の方が高くつくだろう。金なんて、本当金にならないなと思う。
「何にせよ、王家預かりの物だからな。責任を持って届ける事にするよ」
父が若干面倒くさそうに言う。あんまりお偉いさんに会うのは好きじゃないようにみえる。
「んー。さいくをしてもいい? せっかくだから、きれいにしてもっていこう!!」
「細工? この量なら……指輪にでもするのかい?」
金属なので溶かせば一緒と思っているので、父もそっけなく了承をくれる。ふふふ。少ない金なら多く見せれば良いじゃない。
「そうだんがあるの」
次の日、母と一緒に熊おっさんのところに出向いて、箱を一つ作ってもらう事にした。
「また豪奢な要件だな。羊と言う事は安産祈願か何かか?」
「しそんはんえいときんうんしょうらいはだれがもらってもうれしいでしょ」
「そりゃそうだが……。分かった。腕の立つと言うのであれば、俺がやっとく。三日は欲しいな」
「はーい」
と言う訳で、片方の準備は完了と。
「そうだんがあります」
工房を出て、母と一緒に鍛冶屋に向かう。ちなみに母はちょっと嫌そうだ。暑いのと金属の匂いがあまり好きでは無いらしい。子供の頃、近くに工場があったので逆に懐かしい気がするのは私だけのようだ。
虎おっさんに新しい金属の加工をお願いしてみる。
「そりゃ、銀は細工用にあるが……。銅と一緒に混ぜるのか……。勿体なくないか?」
「ねばりがほしいの」
「金を貰えばやるが、酔狂だな」
父から預かった金を取り出し、虎おっさんに預ける。ちなみに、長さと違って重さに関しては基準が決まっている。薬学と金属加工、そして税の徴収に必要だからと言う事でかなり昔に決まったらしい。
加工後は冷えるまで時間がかかるので明日再度訪問という形になった。ちなみに、今後も同じ要件でお仕事を出すかもしれないので坩堝に関しては予備の新しい物を買い取った。ふぉぉ、お小遣いピンチ。最近出費が嵩んでいる。
次の日鍛冶屋に向かうと、ほいっとぺらぺらな四角い金をちゃらりと出してくれる。
「なんだか、やわっこいな。すぐ溶けるし。綺麗だが、ちょっと癖があるな」
温度に弱い金属だと告げていたが、金を弄るのは初めてのようで虎おっさんもおっかなびっくりだったようだ。ちなみに、まだ金とは気づいていない。青銅もある種加工仕立ては金色なので、似たような金属だと思っているのかもしれない。
お礼を伝えて、大量の鞣し皮と一緒に水車小屋に向かう。試験用の小屋は今誰も使っていないので、お邪魔する。
「まま、きんをかわではさんでいってほしいの」
正体を知っている母はおっかなびっくり滑らかな皮に金の欠片を挟んでいく。最終的に分厚い鞣し皮のミルフィーユが誕生する。
「これを、すいしゃでたたいてほしいの。てをぜったいにつめないでね」
将来的には鍛冶の時に使えるように重りを載せた槌に歯車を合わせて、母にお願いする。母が恐々とレバーを倒すと、ごんごんと槌がミシンのように勢いよく上下し始める。差し込まれたミルフィーユはずぐずぐと押しつぶされる。
「ティーダ、粉々にならないかしら」
慣れてきたのか、均一に伸ばすように微調整しながら母が告げてくる。
「もともとやわらかいきんぞくだし、ほかのきんぞくもまぜたからだいじょうぶ」
ラビオリのように中央が膨らんでいた鞣し皮のミルフィーユも徐々に均等に伸ばされて平らになっていく。皮に圧着するかと心配して度々様子を見ていたが、皮に含ませた油分のお蔭か綺麗に剥がれる。
「そろそろいいかな……」
レバーを上げてもらって、ミルフィーユを捲ってみると、情けない程にひらひらと伸びた金箔が姿を現す。和紙で挟んだ訳では無いので皮のテクスチャーが押されているが、それも味かなと。
「あら、綺麗ね。でも、これをどうするのかしら」
母がキラキラした瞳で金箔を眺めてから首を傾げる。
「けしょうばこをつくるの」
私はにこりと微笑み、そう告げた。
「接着剤を全体に塗るのか? 折角彫ったのにもったいねぇな」
再度熊おっさんの工房に向かい、出来上がった見事な化粧箱に注文を付ける。内側には赤い緻密で上等なフェルトを張ってもらい、外側には四角く切った金箔を接着剤の上から吹き載せていく。あとは柔らかな皮で徐々に擦って伸ばしていく。
「おぉぉぉ……。見事だな、こりゃ」
最終的には、真っ金金の化粧箱が出来上がるが、のっぺりして心が動かない。ちなみに接着剤は漆みたいな植物から抽出した褐色の汁を使っている。
「すみをまぜて、ほったぶぶんにぬりこむの」
プラモデルの墨塗りのように、エッジを目立たせるように黒い漆を塗って余分を布で磨くと、ぱっきりとエッジの濃淡がはっきりした彫り細工が誕生する。
「こりゃぁ、驚いた。古い彫り物のように見えるな……」
建物の細工も、経年で汚れなどが彫った部分に入り込んで濃淡が出てくる。そうなるとなんとも言えない風情を醸し始める。それを先んじて行ったような形だ。
「かわいたら、かんせいなの!!」
私と母は、ハイタッチで作業の終了を喜ぶ。
「かんせいなの」
一週間ほど乾燥期間を経て、父に布包みを差し出す。
怪訝そうな表情ではらりと布を捲った父が驚愕の表情を見せた後に、そっと頭を抱える。
「細工……と言ったよね?」
「ほりざいくがうつくしいの!!」
「これくらいしかなかったよね?」
「さいしゅうてきには、ぼくのゆびさきぶんくらいだったの」
「ティン、事情を説明して」
父が頭を抱えたまま、母の説明を聞く。
「なるほど。木の箱に薄く伸ばした金を貼るのか。美しいね、確かに」
製法を聞くと納得したのか、ぽすっと箱を開ける。中は緋毛氈の紅と縁の金でコントラストが美しい。上蓋には、羊の刺繍が可愛らしくあしらわれている。
「赤と金というのは合うものなんだね……」
と言った後に口を噤んで少し怖い顔で考え事をしているのは、金色の剣に血潮を浴びた時の事を想像しているからだろう。
「うん……。献上品というならこれほど相応しい物は無いと思う。金なんてどう献上したら良いかなんて決まっていないからね。私も聞いた事が無いよ」
父が困ったように言うと、母も頷く。
「はんえいきがんだから、ばんみんむきなの。かしするときでもだれでもわたせるの」
私が言うと、苦笑を浮かべて父がぐりぐりと頭を撫でる。
「分かった。そういう意図ならきちんと説明をするよ。でも、最終的にどんな形になるかは教えて欲しかったな」
「ぱぱがおどろくように、おうさまもおどろくの!!」
私がひょいっと元気よく手を挙げて言うと、父の苦笑が深くなった。あれ、ここは喜ぶところでは?
「あんまり驚かしても良い事はないからね。程々に盛り上げる事にしようか」
そう言って父が箱を布に包み直して、執務室に戻っていく。
と言う訳で、金騒動は一旦の終息を迎えたのだった。




