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第73話 川の恵み

 打ち水効果で涼しい朝、ててーっとラーシーと一緒に庭に出る。と、じーっとこちらを見つめる視線を感じる。首を傾げて、周囲を見渡すが、まだ誰も来ていない。幼馴染ーズの悪戯かなと思ったが、気のせいかなとラーシーの方を向くと、てちてちと茂みの方に向かって歩いて行ってひゃふひゃふ鳴いている。


「あ、バーグ。おはよう」


 茂みの後ろで隠れていたのは、もうそろそろ四歳になるバーグ。鍛冶屋の親方の息子さんだ。よく木の棒でチャンバラをして遊んでいる仲だ。


「よ、よぉ」


 何だか挙動不審だなと思っていると、いきなりがばりと平伏する。ふぉ!? っと驚いていると、下げた頭から悲痛な叫びが響く。


「けんをみせてくれ!!」



 事情を聞いてみると、そろそろ四歳と言う事で鍛冶の仕事が始まる訳だが、最初は鍋とかの補修とかからスタートするらしい。でも子供心には剣とか刃物に憧れると。実物を見た事が無いので、実物を見たいらしい。


「ほうちょうとかは?」


「かあちゃんがみせてくれねぇ。かくされてる」


 ふむ。まぁ、子供用の包丁とか無いし、明らかに危なかろう。私が監督していたら大丈夫なのかなと、母に相談してみる。



「剣? どうするのかしら。これからお庭で遊ぶのよね?」


 母に小刀を出して欲しいと相談すると、胡乱そうな瞳で見つめられた後に、ずずいっと顔を近付けられる。


「何か、隠しているわね。ティーダ?」


 あーうーっと口籠っていると、脇をこちょこちょとくすぐられて、白状する。子供の体になってから、くすぐったいのに敏感だ。


「はぁぁ、呆れた。そうね、それはディーの役割ね」


 そう言って、母が私を抱っこして、執務室に連れて行く。


 母が父に事情を説明すると、父が特に表情を変えずに、大きく頷く。


「そうだね。私の領分だ。ティーダ。前にも話をしたけど……」


 結論としては、各家庭の問題には介在しては駄目な事。教える側として、そう決めているなら覆らない事。そして、私では何かあった時に責任が取れない事を滔々と説明された。頭ごなしに言われるより堪える。


「でも、なぜぱぱなの?」


 よく聞くお小言だったので、態々母が執務室まで連れてくる理由が分からない。


「家の問題は私の領域、お仕事や教育、家以外の問題はディーの領域だからよ」


 母が明快に説明してくれる。あぁ、きちんと家庭内の責任分界もはっきりしているのだなと。日本だと、この辺りが曖昧になって、両者が疲弊するケースが増えていたなと思い至る。


「良かれと思ってした事でも、その人間の成長を妨げる事もある。禁止されている事には理由があるんだよ」


 父が微笑みながら頭を撫でてくれたので、あいっと元気よく返事する。



「だめだった」


「だめかぁ……」


 バーグは顛末を聞いて、しょんぼりした表情を浮かべる。向学心の部分もあるので、ここで折っちゃうのも勿体ないなとも思う。


「きんぞくをかこうするにはね……」


 失意のバーグを慰めるために、小学生の理科程度の金属知識をバーグに伝える。初めは疑いがちの表情だったが、実際の現場で見ていた結果と似通っていると分かってくると俄然乗り気でふんふんと真剣に聞き始める。

 銅と錫が無かった場合にどうやって素材を探すのかとか、スラグから目的の金属を取り出すのに必要な手段なんかを説明をしていると、目をキラキラさせる。鉛の毒なんかの話になると、ガタガタと震えだす。興に乗って、だーっと説明していったが、自分で反芻して理解しているようなので、頭で考える鍛冶屋になるかもと期待が込み上げてくる。



 次の日、雲一つ無い晴れ間の為、日射病が怖かったので、窓を開放した部屋で遊ぶ事にした。皆、窓辺で動かず静かに遊んでいたが、バーンと集会所の引き戸が勢いよく開かれる。


「三代目はおるか!!」


 虎の咆哮を思わせる砲声に、その瞬間一瞬静まり返った集会所は、ギャン泣きの渦に巻き込まれた。しまったと言わんばかりの表情を浮かべる男にバーグのお母さんが出てきて叫ぶ。 


「あんた!! うるさい!! 子供が泣くだろ!! 鍛冶場じゃないんだよ!!」


 バーグのお母さんの叫びに、尚も油を注がれたように子供達の鳴き声が酷くなる。お母さん方が苦笑を浮かべながら、子供達をあやし始める。うん、この光景、どこかで見た。虎おっさんはぎゃーぎゃーと言われて、そのまま集会所の扉からフェードアウトしてしまう。うぅーん、母は強しだな。でも、私のお客さんだと思うんだけど……。体の反射で泣き始めたのを、母にあやされながら、さてさて次は何が問題だったかと、思い出し始めた。



「顔を合わせるのは初めてだな」


 髭がピンピンと跳ね顔もちょっと虎っぽいので虎おっさんで良いやと、執務室の椅子に座ったバーグの父を見ながら思う。


「はじめまして、レフェショがこ、ティーダです。ふたつです」


 お決まりの挨拶の後、井戸から組んだ良く冷えた水で喉を潤しながら、話を聞いてみる。何てことは無い。バーグが家に帰ってから、得意気に知識をひけらかしたらしい。子供の口なんて軽いから口止めなんてしなかった。でも、秘めておけば自分の手柄になったのに、勿体ない。


「はい。バーグにおしえたのはぼくです。なにかもんだいがはっせいしましたか?」


 そう聞いてみると、特に問題は発生していないらしい。知識の部分は経験で知った事とそう大きな差は無かったので、今後の教育に悪影響は及ぼさない。問題は……。


「川を浚うと、金属が採れるって話だ。ありゃ、本当か?」


 そっちか。王都の方から金属は購入出来るが、出来れば入手手段は増やしたいというのが今回の話の肝だった。練習もあれば、習作の材料も欲しい。それを購入する程の余裕はまだまだ生まれていないらしい。


「かわのじょうりゅうにこうしょうがあれば、とれます。きたのほうにはてつこうしょうはかくじつにあるとおもいますが、それいがいはしらべないとわかりません」


 前に鉄鉱石の結構大きな欠片は見つけたので、近い場所に露天鉱床があるだろう事は推測出来る。後は、現在使っている銅や錫の鉱床があるかだ。特に錫は含有量から考えると、あって欲しい。鉄の生産が始まれば、錫メッキ、トタンの需要は一気に増える。自前で採掘出来るなら、尚良しだ。


「分かった。レフェショに相談してみる」


 バーグの父がこくりと大きく頷くので、私はお役御免と言う事で、父を呼びに行った。結局私と母が夕飯を食べ終わっても、出てこずに、寝る間際になってから二人して疲労困憊の様子で執務室から出てきた。


「ティーダ……。何を伝えたんだい?」


 開口一番、私の所為にされたので、詳しく議事を伝える。


「あぁ……。それでか。川の金属採取の人手を要望されたけど、男手がそんなに空いている訳じゃないしね」


 父が眉根に皺を寄せているのを見て、ぴんと来た。


「ねぇねぇ、ぱぱ。めいあんがあるんだけど……」


 首を傾げた父にこしょこしょと耳打ちしてみる。



「今日は水遊び、と言う訳では無い。目的は金属の調査だ!!」


 下着一丁で、村の大分下流に集まった兵達は、喜び半分、当惑半分の表情で、川岸の父の言葉を聞いている。



「うーん、農作業をさせているというのも、セーファに上手く報告させているんだが……」


「じんいんのほしゅもじゅうようなの。さいきんあついから、かわあそびというていで、さがしてもらうの」


「ふむ……。そうだな。真面目に仕事をしているし、休みは必要か……」


 まぁ、そんな生易しいものではないだろうが、名目は休暇だ。



「どれだ?」


「あ、有った。赤いぞ、これ!!」


「冷たい……。気持ち良いな……」


「うわ、魚、大きい、そっちいった!!」


 兵の皆さんは遊び半分で金属調査に乗り出してくれた。セーファにも最近の猛暑対策と伝えてもらうようにしている。あくまで金属調査は名目という流れだ。


「あ、かわすずだ。やっぱりじょうりゅうにすずのこうしょうがあるのかも」


 私は腰に縄を括られて、背の届く範囲で川底を調べている。さらさらと篩をかけて、比重の重い鉱石を探す。母の監視の目があると潜るのも容易じゃないので、正直助かる。


「その黒いのが錫なのかい?」


「ひにかけてみないとわからないけど、かのうせいはたかいの」


 そんなこんなで私はくちゅんっとくしゃみをするまで、川浚いを繰り返した。


「ほら、上がるよ、ティーダ」


 父の注意にあいっと答えて、最後の調査とさらさらと選別していると、きらりと光るものありける。んーっと目を眇めて、日に照らすと、黄金の輝き。ぶふっと噴き出して、父を呼ぶ。


「きんだ……」


「金!?」


 殆ど見つからないので、王族の宝飾にしか使われないという、金。砂金とはいえ、探す価値はある。とっさに父の口を押えて、頭の中で算段する。取り敢えず、黄銅鉱ではなく本当に金かと父の剣の腹で叩いてみると、割れずにぶにゅりと潰れる。


「あー、きんだ……。ほんきでちょうさをするべきかな?」


「見つけてしまったものはしょうがないな……。信用がおける口の堅い人間を集めるよ……」


 結局子供の好奇心に付き合って始めた調査だが、意外な展開を見せる事となった。

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