第72話 水遊び
「あぢゅいー」
「うでー」
芝生の庭では、幼馴染ーズが垂れたあいつみたいな感じで、伸びている。と言うのも、今日は真夏日といっても過言ではなく、子供達は動き回る事も無く、そよ風を求めて、ぺたんと寝転がっている。お母さん方は焼けたくないのか、早々に木陰の方に移動して井戸端会議を始めている。
「ふーむ。とけそう……」
今日は川に行く日ではないので、涼を取る手段が無い。こういう日こそ絶好の水遊び日和なのになと思いながら、対策を考える。水遊び……。日本に住んでいる時に猛暑対策って何があったかな。クーラー、アイス、かき氷。うん、無理だ。むむむと、思い出していると、色とりどりのコスプレをした集団が、駅前で水を撒いていたのを思い出す。
「うちみず……か!!」
善は急げと、木陰の母を引っ張る。
「ちょ、ティーダ、どうしたの? 急に」
母が面食らったように聞いてくるが、取り敢えず井戸の方に誘導する。緊急時の避難所と言う事で、家の周りには何カ所か井戸が設置されている。勿論庭に面した場所にもちょこんと小さめの井戸が置いてある。しかも、水車で培った技術で作り上げた釣瓶も釣られている。
「おみずほしいの。あと、たらいも」
私が慌てて言うと、母が混乱したように首を傾げて、私の首を猫の子のように掴む。
「喉が渇いたわけではないのよね、ティーダ。慌てないの。まずは説明して頂戴」
「じめんにみずをまけば、すずしくなるの。いそぐの」
気化熱の事を説明するのも難しいので、取り敢えず実施だと捲し立てていると、母がむにゅっと餅のような両頬を掴んでくる。らめぇ、変形しちゃう。
「ティーダ。説明をきちんとしなさい」
ちょこんと座り込んで目線を合わせた母の真剣な瞳に、暑さ対策の概要を説明すると、やっと納得がいったようにぐりぐりと頬を擦り付けてくれる。
「それなら、皆でやった方が良いわ。水遊びがしたいのよね?」
そう言われると、そんな気もしてきたので、こくんと頷きを返す。すると母がお母さん方の輪に戻ると、何かを話し始める。皆がこくりと頷くと銘々が散らばる。子供達は何が始まるのかときょとんと見つめるだけだった。
待っていると、お母さん方が桶を家から持参してきてくれたので、そこに釣瓶で汲んだ井戸水を満たしていく。地下十何メートルの水は清冽でよく冷えている。それを桶に流し込んでは、庭に配置していく。
子供達が興味深そうに桶に手を浸けて涼を取っていると、一人のお母さんが子供の服を剥ぎ取る。オムツ一つできょとんとしている子供をよそに、皆が自分の子供の服を剥ぎ始める。
「さぁ、水かけっこよ」
母が叫ぶと、お母さん方がぱしゃぱしゃと手加減して、子供に水をかけ始める。最初は面食らっていた子供も涼しくて楽しいのか、はしゃぎ始める。暫くすると、お母さん方が水をかけなくても、子供達同士で水かけっこが始まる。
緑の上に点々と並ぶ仔豚達は、逃げ惑いながら、桶の水をかけあう。男の子達はヒートアップしていき、女の子達は土のところでままごと遊びを始める。先程までのぐでぇとした姿とは見違えるほどの元気っぷりだ。
「ふふ、涼しいわね」
お母さん方も一仕事を終えて木陰に戻ったが、気化熱が散ったのか、庭から涼風が吹くのを心地よさそうに楽しむ。
私も男の子達と水かけっこを楽しんでいたが、流石に喉が渇いたなと思っていると、お母さん方がちょいちょいと子供達を呼ぶ。家の台所の方に向かうと、立派な瓜が幾つも並んでおり、今まさに切り分けられて、饗されている。
「ふぉ、ちゅめたいの!!」
「うまー、あまー!!」
フェリルとジェシが目を白黒させながら、急いでむしゃぶりついている。私も一切れ貰うと、ひんやりと冷たい。井戸の方を見てみると、桶の中にはぷかぷかと瓜が浮いている。あぁ、こうやって涼を取るのもありだなと、瑞々しい果実にぽっかり半月を作る。ジューシーで甘い瓜は乾いた喉を癒すと共に、去りゆく夏を感じさせる。
ヒグラシみたいな物悲しい蝉の声が響く頃には、随分と庭の気温も下がってきた。打ち水の効果は覿面で、お母さん方も快適に過ごせたようでほっとした表情を浮かべている。
「できれば、あさゆうにいえのまえにみずをまいてほしいの」
涼しいと分かったお母さん方も、率先してやると言ってくれたので、以降は涼しい夏を過ごせそうだ。何よりも釣瓶の滑車の力だろうなと。前に比べて、井戸仕事がかなり楽になったと評判なのは、先程の井戸端会議で漏れ聞いている。
真夏の盛りも過ぎたので、徐々に涼しくはなっていくのかな。去りゆく季節を思い、少しだけ夕暮れを眺めた二歳の夏だった。




