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第70話 黒いあいつ

 水車小屋の建造が一段落したと言う事で、機織り機の製造が始まり、また熊おっさんのところに入り浸るようになってしまったのだが……。



「もう、だーちゃまはいちょがちいの」


「おからだにきをちゅけてくだちゃい、だーしゃま!!」


 幼馴染ーズの機嫌が良いのが、物凄く怖い。庭に忙しくて寄れない旨を報告しても、にこにこしている。

 許嫁発言から、物凄く上機嫌が続いているのだ。あの話は誤解というのを言って聞かせようにも、全く聞く耳を持たない。いつか、自分達の意思できちんと道を選べるような分別が付いた時にでも、また聞いてみようかなと諦める。



「まま、おゆうはんはなににするの?」


「そうね、何にしようかしら」


 母と二人、熊おっさんのところから家に帰る途中の市場で買い物を楽しむ。活況は一時の狂騒は失ったものの、購買層自体に地力があると認識されたのか、商人達も多く訪れるようになって、賑やかだ。そうなると治安の低下が気になる物だが。


「そこの男、掏摸だな!!」


「いえ、そんな事は!!」


「これが証拠だ!!」


 と、兵の皆が目を光らせているので、大丈夫だ。父も犯罪者は千切ると言っていたので、その内そういう噂も広がって手を出さないようになるだろう。いまだに何を千切るかは怖くて確認出来ていない。


 母が野菜に目を向けているので、私はちょこちょこと歩いて見回していると、懐かしい物が目に入った。濃い紫が殆ど黒のように光っている丸い野菜。


「おぉぉ、りっぱななすび」


 夏が旬だったなと、ててーっと近づいていって物を確認しようと思うと、ばったり見覚えのある人に出会ってぎょっとする。


「ほぉ、慈悲に照らされる者か」


 夏の盛りだというのに、毛皮に身を包んでいる毛皮おばけ。中々村の中で見る事が無いので忘れていた。


「ふむ、薬師に用か?」


 毛皮お化けの言葉に店を覗くと、ふわんと独特の香りが広がる。漢方薬や中華素材のお店で香る、独特の香り。お店の主人もどことなく知識がありそうな人が立っている。


「おくすり?」


 私が茄子を指さすと、したりと毛皮お化けが頷く。


「黒焼にすれば歯痛の薬じゃな。歯を磨くのにも使える。へたの部分は特に痛みに効くでな、けが薬にもなる」


 目元だけを出した瞳が細められ、優しい口調で答えてくれる。黒焼きと言う事は、蒸した状態で灰になるまで焼くのか。昔から茄子は歯痛の薬に使われていた。この世界でも経験則でそれは分かっているのだろう。経口摂取であれば、アルカロイド系が麻酔に使える。これが歯痛薬としての使い方だ。けが薬として使う場合も傷口に塗布して、麻痺させるのだろう。しかし。


「もったいないの……」


 目の前の立派な茄子が灰になって薬としてしか使われない事実に、しょんぼりしてしまう。食べないのかと聞くと、ぎょっと見開いた目で見られる。焼いても水っぽく、煮ても味が無くて不評なようだ。それでいて独特の香りは強いので、あまり好まれない。その辺りまで教えてもらったところで、毛皮お化けの荷物が包み終わったようでお別れになる。


 ばいばいと手を振っていると、私を見つけた母が荷物を片手にこちらに向かってくる。


「はぐれたと思ったら、薬師のお店で何をしているの?」


 母に茄子を買って欲しい旨を伝えると、やっぱり怪訝な顔をされる。黒焼きにも結構な薪を使うので、作るのは大体決まった家らしい。そこから都度購入しているそうだ。茄子自体も量が重要なので、そこまで高くない。


「お薬を作るの? でも、ままごとで使ったりしちゃ嫌よ」


「ううん、たべるの」


 私が自信ありげに微笑むと、母はきょとんと首を傾げた。



 家に到着した私は、昨晩の豚から取ったラードを大目に用意する。茄子と言えば、大量の油だ。茄子の美味しい食べ方を尋ねたら、拘りを捨てる事なんて話もある。何の拘りかと言うと、健康や痩身だろうなと。斯様なほどに、油と仲が良い。

 試験的に料理するということで、母に縦輪切りにしてもらい、溶けだしたラードに投入してもらう。あまり油が熱くなってからでは、飛び跳ねちゃう。

 それと並行して、果実から作ったお酒を煮詰めてもらい、豆を発酵させた味噌のようなものを投入する。これは王都の方で作られている調味料で(ジャン)に近い。保存性を高めるために、水分を乾燥させて半固形で売り出しているそうだ。十中八九出てきた水分は別の調味料として売っているのだろうなと。若干寝ぼけた味で勿体ない。


「うわ、わわ。油を全部吸っちゃう!!」


 母が驚いている。茄子がスポンジのように油を吸って、ふっくらと美味しそうに膨らみ、照り輝く。もうそろそろかなと、調味料を和えてもらって、皿に盛る。茄子の味噌炒めの完成だ。



「ん? なんだい、この黒いのは?」


 父が皿の上に鎮座している茄子を見て、眉を顰める。


「茄子を食べたいって、ティーダが言うの。変わっているわよね?」


 両親二人は、かなり警戒しているが、油を吸った茄子の魔力に取り憑かれれば良いとほくそ笑む。


「では」


 そう告げて、父が訝し気に匙で掬って、口に含む。その瞬間、はふはふと目を白黒させるが、徐々に真剣なものに変わる。


「これは……美味い……」


 父の言葉に、母も小さめに切って口に頬張る。


「あら、柔らかい。でも、甘くて美味しい!!」


 甘みにうっとりした表情を浮かべる母。

 私も皿によそってもらった茄子をはくりと頬張る。油の熱さが先に来るのをはふはふといなしていると、強烈なラードの香りと甘さが襲ってくる。焼かれた茄子の香りと相まって、鼻の奥をぶっこ抜かれるような猛々しさだ。その後に来るのは(ジャン)の香ばしい辛さ、そして煮詰めた果実酒の甘さと果物の香り。茄子の水分はやはり、濃い味に合う。トロトロとした食感は官能的に舌の上に溶け出し、タレと優しく混じり合い、極上の旨みに変化する。


「ほぉぉ……」


 三人が、うっとりと溜息を吐く頃には、そこそこの数を使った茄子は綺麗さっぱり無くなっていた。


「元々そんなに世話をせずとも実がなる薬と言う事で重宝していたけど、こんなに美味しいとは……」


 父が呆然と呟く。


「くすりになるせいぶんがふくまれているから、あまりりょうはたべたらだめなの。でも、あぶらとあいしょうがいいから、こいあじといっしょにたべると、おいしいの」


 私が告げると、母が嬉しそうにぎゅっと抱きしめてくれながら、口を開く。


「ふふ。そんなに高くないし、油がある時だけにすれば良いわよね。家計にも優しいし、嬉しいわ」


 無邪気に囁く母を嬉しそうに見つめる父。


「そうだな。食べられる作物が増えるのはありがたい。薬としても長持ちする物だからね。食べてしまった方が良いだろう。ありがとう、ティーダ」


 ぎゅっと頭を撫でられるのが嬉しくて、私は口を開いてしまう。


「でも、あぶらをたくさんつかうからふとるの!!」


 あっと思った瞬間には、頭上の母がぎぎぎとこちらを向く。


「どういう事かしら?」


「あぶらをかじょうにせっしゅすると、ふとるの……」


 と言う訳で、肥満の流れを説明する羽目になり、当分茄子料理は禁止となった。今後の肉料理に関しても手を加えると言う事で、藪蛇になってしまった。

 父子(おやこ)して、しょぼん顔になって美味しいのを反芻していると、母が苦笑を浮かべる。


「偶には作るわよ」


 その言葉で機嫌が直るのだから、男なんて安いものである。

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