第7話 文明が無いぞう
単語を覚えて、ゆっくりと母が話すのを聞いていると、何となく会話が理解出来るようになってきた。
頻出する単語から類推していくと何とか文法も理解出来る。
SOV型の言語だなと当たりを付けて、単語を拾っていくと三カ月ほどで日常会話の聞き取りは可能になった。ちなみに、ディーリーが私の名前だと思っていたけど、ディーの息子みたいな意味らしい。ディージュニアみたいな感じだろうか。もしくはディーニ世。
と言う訳で、父の名前がディーというのは分かったし、父が良く出す単語、ティンが母の名前だろうというのも分かった。
「今日は大人しい」
頭の中で単語を並べて、会話を考えていると、母がちょこんと目前に座るので、よじよじとよじ登る。スキンシップが好きなのは分かっているので、無理矢理抱き上げられる前に自分から登っておく。余計な苦労をかけたくない。
「まーま、ほしい。おおいかみ」
本という単語が分からなかったので単語を並べただけだが、母が目を丸くする。
「ディーリー……。もう一度、話して」
「ほしい。おおい。かみ」
通じなかったかと、今度は区切って発音してみると、また母の瞳が決壊する。来ると思って身構えていると、思った通り嵐のようにぶん回される。うでーっとなりながら諦めてなすがままになっていると、はっと我に返った母が緩やかに抱き上げてくれるので人心地着く。
「紙……。多い。何? 紙紙」
母が抱っこしたまま、考え事をしつつ引き戸を抜ける。私は一年近く待ち焦がれていた初めての情景に感動の涙を流すと共に、悲しみの涙で布団を濡らす羽目になる。
木造の廊下を抜けると、幾つかの扉を素通りして、奥の扉を開ける。そこには所狭しと茶色い紙の束が置かれているのだが、書籍らしきものは一冊も無い。それに壁にかかった一本の長い物に目が留まった瞬間、首を傾げる羽目になる。
「リリギーンはある。ディーはどこにいった?」
リリギーンと呼ばれたのはあの使い古された、鞘の中身でしょうか……。え、文明が途絶している雰囲気は感じていたけど、本当の辺境地とかなのだろうか。電化製品も、本も、合成樹脂も無い。
有るのは、木や土や皮。世界は私が生まれ変わるまでにどうなったのか。家族は無事なのか……。これからどうなるのか。衝撃に凍った思考が動き始めたのは、さめざめと布団をぐしょぐしょにした後だった。