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第69話 ありがちな独り善がり

 ふーむ。


「どうしたのかしら。難しい顔をして」


 暑いが湿度が低いため、部屋を通る風があると涼しい夏の盛り。ラーシーの相手をしながら物思いに耽っていると、ぷにっと背後から頬を突かれた。


「みえてないの……」


「母親だもの。分かるわ」


 母が座ってにこりと微笑む。心配させてしまったようだ。


「こうえきのりえきが、せつびとうしのいじほしゅひようときっこうしているの。こんごのむらのぼうえいもかんがえるとあたらしいこうえきひんがひつよう」


 私が悩んでいる内容を告げると、少しだけ悲しそうな表情を浮かべた母が、そっと抱きしめてくれる。


「私の可愛いティーダ。そんな事で悩む必要は無いの。ディーから聞いているけど、少しずつ貯蓄は増えているわ。飢えず、争わず暮らせるなら、それは幸せな事よ」


 実際に、水車小屋(リソース)が生まれた事により、女手が解放されて、村自体が活気づいている。布を刺繍をという感じで、少し前と比べても村内の華やぎは段違いだ。それでも……。


「とみをまもるにはちからがひつようなの。ぐんじりょくのいじにはおかねがひつよう」


 私が答えると、きゅっと抱きしめる力が強くなる。


「分かっているわ。お父さんもそれは分かっていた。だから柵を作り、町の若者を集めて、訓練を行ったの」


 あぁ、それで軍事訓練の経験者が多かったのか。こういう村では自警団が普通だと思っていたけど、祖父の賜物だった訳だ。


「でもね、行き過ぎた力は、また別の問題を引き起こすの。人と言うのはそう単純ではない。それを分かって頂戴」


 真剣な目を向けられた私は、若干の反抗心を覚える。ふと、ベベスタの父の兄の昏い眼差しを思い出し、背中がぞくっとなる。


「わからない。まもるべきものをまもりたい……」


 その言葉に、母が眉を顰めて、涙を浮かべる。


「そう。その通り。それは正しいの。でもね、この村はこの村だけで生活している訳では無いの。王の下、自治を許されているだけなの。力を持つと言う事は、余計な疑念を呼び寄せる。それに、周りには王にまつろわぬ部族もいるの。それでも対等に伍しているのは、お互いがお互いを尊重するからなの。片方が圧倒的な力を持ってしまったら、相手はどう思うかしら? 攻められるかもしれない。そんな疑念を抱かせる時点で、もう攻められる可能性は生まれるの」


 その真剣な眼差しに、こくんと頷く。


 母がほっとした表情で部屋を出た後に、ころりと転がる。ひゃふひゃふと近付いてきたラーシーをお腹の上に乗せて、母の言葉を噛み締めてみる。

 日本で生活していて、軍事に関わる事はほぼ無い。それでも歴史の中、物語の中から教訓は得られる。また、日々のテレビ、インターネットからの情報でも、戦争とはというのを肌で感じる事は出来る。

 歴史は巡る。この村に似通った状況は中央アジアの歴史だろうか。青銅器と馬を持った騎馬民族が諸部族を平定し、川や海沿いの土地に定着し農耕を開始する。暫くは平和が続くが、王制が腐敗し、それを正そうと騎馬民族が反乱を起こす。歴史上の中央アジア、中国の辺りは長い目で見て、この繰り返しだ。

 現状は王制がきちんと回っているだろう事は、この前の戦争の仕置きがきちんとなされ、現状においても平和が維持出来ている事から間違いないだろうと考える。


 では、現状で問題になるのは何か?


「王の……不信を招く?」


 このままこの村が富を集中させて拡張させるのなら、いつかは王が何らかの処置を行う可能性は高い。文官は税の状況から村の生活まで、目で見た上で王に報告している。そう考えれば、行き過ぎた繁栄は自滅への道だ。

 でも、どうして母はこの結論に至ったのだろう……。まだ見ぬ祖父の謎と共に、胸の中にしまう事にする。


 王の不信を招かないためにはどうすればいいのか?


「傀儡の樹立かな……」


 王に忠誠を誓う一方で、水面下ではこの村と(よしみ)を結ぶ状況。仮に村の力が削がれるような形でそれがなされれば、王の耳目も曇る可能性がある。


「となると、神童の噂は使い道があるかな」


 誰ともなく呟くと、ラーシーがひゃふと答える。そのタイミングの良さに、笑いが込み上げてくる。


 別の村を新規で作るとなれば、多大なリソースが必要となる。それをこの村が被るとしたら? その実、この村の拡張計画だとしたら?


 ふーむと首をくりくり回しながら考えて、はたと気付く。


「パパがどう考えるかだな」


 頭ごなしには否定はしないだろうが、却下されそうだ。取り敢えず、相談してみようかな。



「却下だ」


 その夜、食事が終わった後に、父に相談してみると、にべもなく断られた。


「でも」


 私がプレゼンを始めようとすると、手で遮られる。


「ティーダ。私の、私達の可愛いティーダ。何を焦っている」


 父の言葉に、どう答えようか迷う。富を持つ者は、それに見合うだけの力を持たなければならない。それをどう伝えるか……。

 そんな悩んでいる私に父は、呆れと言うより、憐憫に近い眼差しを向ける。


「分かった。その表情は何度も見た事がある。ティーダ。頭で考える人間が陥る状況だ。自らの影と争ってどうする」


 その言葉に、はっと気づく。私は、私の頭の中の敵と戦っていた?


「気付いたようなら何も言わないよ。ふふ、マギーラの慈悲の悪い面だろうね。私だって何も動いていない訳では無いよ。だからティーダ。自分で何もかもを抱えようなど思わず、伸び伸びと暮らしなさい。ティーダはお金儲けを考えている時が一番輝いているよ」


 苦笑を浮かべた父が、表情を微笑みに変えて抱きしめてくれる。母もしょうがない子ねと、そっと頭を撫でてくれる。


「でも、あたらしいこうえきひんはままがかんがえちゃだめって……」


 私の言葉に、母が改めて苦笑を浮かべる。


「駄目とは言っていないわ。ただね……」


 母の言葉を父が遮り言葉をつなぐ。


「富と力が釣り合わなければならないというのなら、どこまでも力を求める必要がある。でもね、ティーダ。この世界には、目に見える力だけではない。人と人との関係性もそうだ。色々な力が絡み合って、動いている。だからティーダ。そんな些末な事でティーダが悩み苦しむ必要は無いよ。思うままに生きなさい。それを支えると約束したのだから」


 父の言葉に首を傾げる。んー。お金儲けはして良いのだろうか?


「幼子が人を害する力を望もうとするのを喜ぶ母はいません。ましてや、それが私達のやるべき事ならね。今はそんな醜い事は考えないで良いの。真っ直ぐに育ってくれれば良いわ」


 んーっと先程の母との会話を思い出して、ぽんと手を叩く。要は、儲けと軍事力をセットに考えていたから、母は止めたと。全然周辺を理解していない私が兵だけをぶくぶくと太らせようと悩んでいるのを見かねて止めたと。


 恥ずかしさに、頬が焼けてしまいそうだ。その表情を見た二人が大声で笑い始める。


「ティーダ。私の聡いティーダ。無理はしなくて良い。分からない事はまだ分からないままで良いのだから」


 父の慰めに、なんとかこくりと頷きを返し、ぴゅーっと部屋に戻って布団に飛び込む。母が来る前に目を瞑って寝入ろうと思う。うわぁ、先走りすぎた、恥ずかしい。越権行為だ。何でも自分で出来ると思っていた。


 夏の最中、日が落ちると涼やかな部屋に虫の音が響く。興奮した際に血が巡ったのか、羞恥で眠れないと思っていた夜は、すんなりと帳の向こうに誘ってくれた。

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