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第65話 椿の実

お知らせです。


ただ幸せな異世界転生が書籍化致します!!

出版社はGAノベルス様となります。

発売時期はまだ完全に決まっておりませんが、今冬の予定です。


よろしくお願い致します!!

 次の商材、次の商材ところころ転がりながら考えている。ジェシが狂喜乱舞した櫛に関して、案の定母があの後吊し上げられて、冷や汗をかいていた。特注品と言う事で、お母さん方には一旦引いてもらったけど……。


「おい、商売になんねぇぞ!!」


「ひごろのねまわしがふそくしているの」


「そんな面倒な事やってられっか!!」


「そんなことをいっていると、ゆうりょくなしょうひんがでるたびにこんらんするの。むすめさんにてつだってもらうの」


「ぐぅぅ……。分かった……」


 熊おっさんも大変みたいだ。ちなみに、特注品というのも満更嘘でもない。鑢で均等に櫛の歯を削りだすのも手間がかかる作業だ。現状忙しく走り回っている熊おっさんもサンプルと言う事で作ってくれただけだし、櫛ばかりを作る訳にもいかない。水車小屋が出来れば、精度を上げる事を前提に量産は可能かもしれない。量産の暁には、交易の品に躍り出るのは間違いない。奥様、娘さん、愛するあの子にプレゼントという文化を作ってもらおう。値段に関しては、父に精々ふっかけてもらう。

 ちなみにジェシは姉との争いに勝利して、現状毎日着けて来ている。厳密には奪われそうになったけど、ガン泣きして防いだというのが真相だが。まぁ、誕生日の贈り物を取り上げるというのは大分マナー違反なので、お姉さんもこっぴどく絞られたそうだ。


「商材、商材……」


 ふぅむと悩みながら、ふと顔を上げるとラーシーが器用にころんと転がっては、こちらを見つめている。

 私がころん。ラーシーがころん。私がころん。ラーシーがころん。真似をしていたら楽しくなったのか、ころんころんと遊んでいる。ちょっと後ろの荷馬車が邪魔そうだったので外そうとしたら、てちてちと慌てて距離を置く。そこまで重要なのか、荷馬車は。


「壊れたら悲しむだろうな」


 実際に荷馬車の運用が始まれば、保守はどうしても付きまとう。ある程度の資材を積んで自力で修理出来るところまではフォローしないと駄目だろうなと。その教育をしないと駄目だし、そもそも壊れないように精度を上げて、整備環境を整えないと駄目だ。


「車輪の油……。どうしようかな」


 今まで、油が必要な駆動部品なんて存在していなかった。精々が革製品の保守用の油だ。昔は動物油脂を使っていたようだけど、あまりに臭うので植物油に変えたと父が言っていた。ちなみに、料理に使う脂はほぼ全て動物油だ。

 植物油は櫛の原料木の椿の実や菜種みたいな油脂を多く含んだ木の実を絞って取り出している。あの圧搾作業も水車でフォロー出来るなと思いながら、植物油の増産を父にお願いしてみようかなと考える。食料状況は比較的良好だし、飢饉の際の備蓄も順調に増えている。この辺りで余剰を次の作物に転換するのもありだ。


「椿の油……か」


 ふと思い出し、よっと立ち上がる。足元では、遊ぶ? 遊ぶ?という感じで期待に満ちた目でラーシーが見上げてくる。


「おるすばんおねがいね」


 私がそう言うと、少しだけ寂しそうに、部屋の隅の方にてちてちと歩いていく。でも、知っている。私が出ていった後は、一人で部屋の中を走り回って遊んでいた。この前そっと覗いて知った。可愛い仕草と哀れな仕草で騙されるが、相手も野生だ。



「まま、つばきあぶらはあるの?」


「あら、ティーダ。油なんて何に使うのかしら?」


「すこしためしたいことがあるの」


 私が言うと、少しだけ考え込んだ母がてくてくと執務室の方に向かう。その後をついて部屋に入ると、書類を読んでいた父が顔を上げる。


「ん? 仕事中だけど、どうしたんだ、二人で」


 父が不思議そうな顔で聞いてくるので、母が用向きを伝える。


「椿の油か。革と剣の整備用の物はあるよ」


 そう言って、道具箱の中から瓶を取り出す。蓋を開けて太陽に照らしながら中を覗いてみるが、濁っている雰囲気はない。整備の時も必要量を取り出して使っているらしい。これなら良いかと、少し貰えないか聞いてみる。


「それは構わないが……。また何かするのかな?」


「んー。ないしょ」


 折角なので、父には内緒にする。若干憮然とした顔をしながら了承してくれた父を残し、母と二人で居間に向かう。春と言ってもまだまだ暖かな日と寒い日が交互に訪れる。今日は真冬を思わす寒さなので、火鉢が煌々と温かな光を灯している。


「まま、あたまをあらってほしいの」


「ティーダのかしら。昨日の晩、洗ったわよ?」


「ちがう。ままの」


 私がそう言うと、母が慌ててお尻まで伸ばした豊かな髪を掬い、嗅ぎ始める。


「あら、汚れているのかしら。臭う?」


 可愛らしい仕草に苦笑が浮かびそうになるが堪えて、(こうべ)を振る。


「ちがう。でも、もっときれいになれるの」


 私が綺麗という言葉を出した途端、真剣な目に変わる。こくこくと頷いた母が、ぱしゃぱしゃと頭を洗っている内に、蓋を開けてもらった椿油の瓶を傾けて、極々少量を小皿に零す。それをお湯で溶いて準備完了と。


「洗い終わったわ」


 母が布で髪を挟んで乾かしている背後にてくてくと進む。


「すこし、かみのけをさわるね」


 成人した女性は人前に出る時に髪の毛を隠す。成人した男性は女性の髪を見る事は無い。見るのは結婚した相手だけだ。もしも、何かの拍子に髪を見たり、あまつさえ触ったりなんてした場合には漏れなく嫁が発生する。そういう風習らしい。

 逆に成人前だとうるさくは言われないが、マナーと言う事で伝えてみた。

 長く細い、真っ直ぐな髪に熱めのお湯で溶いた椿油を馴染ませて伸ばしていく。あんまりベタベタとつけると今度は洗う時に大変になるので、馴染む程度を慎重に見定めながら、揉み込んでいく。


「ふふ。気持ち良いわ」


 目を瞑った母が、嬉しそうに呟く。最後に豚の毛のブラシで、丹念に梳いていく。


「かんせい」


 艶やかになった髪はまとまりながらもさらりと流れる。窓から入る光で、天使の輪が出来ているのが分かる。首の辺りや腰の辺りの髪の毛が微妙に屈折する部分も光が反射して、光り輝いている。


「おぉぉ……」


 その豪奢な姿に、感心して、溜息みたいな賞賛の声が漏れてしまった。


「あら、あらあら……。凄く綺麗ね。これが全体に広がっているのかしら?」


 母の言葉に無言で頷くと、ひょいっと抱えあげられて、ぴゅーっと執務室に連れて行かれる。いや、ちょ、待って。椿油の瓶ー。


「ディー!! 見て、見て!!」


「何度もどうしっ!?」


 若干憤りが混じった声を上げようとした父が顔を上げた途端絶句する。


「これは……。ティン。驚いた。見違えたよ」


 わなわなと手を震わせながら、父がじりじりと母に近づく。焦れたのか、にこやかに微笑んだ母が、でーんと父の胸に飛び込むと、くるくる二人で回り出す。


「ふふ、どうかしら。綺麗? ティーダがしてくれたの。ふふふ」


 嬉しそうな母の様子に、やっと落ち着いた父も微笑みを返す。


「あぁ。本当に驚いた。どれ程に手入れされた髪なのかと思ったが……。これをティーダが? あぁ、輝きは油か。磨き抜かれた刃のように光り輝いている」


 父がそう言うと、母が若干呆れた顔を浮かべる。


「もう、剣に例えられても嬉しくないわ。ふふ、それでも喜んでくれたのなら、嬉しい」


 母の言葉に、こくりと頷いた父が母の腕を解き、壁にかけた剣を静かに抜いて、立てる。


「ティン、見てごらん」


 磨き抜かれた剣は曇りない鏡のように薄い金に輝いている。


「これが……私……」


 陶然とした表情の母が、刃の鏡を見つめながら信じられない様子で疑うように髪に触れる。その肩にそっと父の手が添えられる。

 取り敢えずこれ以上はお邪魔虫かなと、そっと執務室から出て、部屋に戻る。忍び足で部屋に戻り静かに覗くと、やっぱりラーシーは一人で遊んでいた。うん、流石野生。


 と言う訳で、後日椿の実を交易で回収して欲しいと願い出てみたが、二つ返事で了承が降りたのは言うまでも無いだろう。母が後ろで力強く睨んでいたのは内緒だけどね。

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