第62話 二歳の誕生日
文官部屋もいっぱいいっぱいになったので、新しい役所を建設し始めた。家の隣の避難所スペースを少しずらして、そこに建設する事になった。てんとんかんとんと槌の音が響く中、熊おっさんが縦横無尽に走り回っている。
「しかし、態々執務拠点を作る必要があるのか……」
父が呆れたように言っているが、職住分離は重要だ。いつまでも家を仕事場と思っていられては困る。それに。
「ぶんかんさんにいろいろおしえてもらうのに、いえにまねくのもおかしいの」
役所という名目だけど、教育を行う場、学校としての機能も有している。将来的には四歳児以降の初等教育の場になって欲しいと思って、少し広めに建ててもらった。これで、交易の余剰は大きく無くなったので、そろそろ次の弾を考えないといけない。保守も考えると、お金は翼が付いたように飛んでいくものだ。
「まぁ、ティーダも将来使うのだからな」
そっと肩をとんとんと父が優しく叩く。
「今日は、誕生を祝ってもらうのだろ?」
父の言葉にうんと大きく頷く。
「はは。では、楽しんできなさい」
そっと背中を押されて庭で待つ、母の元に駆ける。足元にはラーシーの姿も見える。
「たんよーい、おえーとー!!」
他の子の時にはないが、レフェショの家の子と言う事で、宴席が設けられた。態々、老人会が潰した羊を提供してくれたり、市場の皆が野菜や果物を差し入れしてくれたので、大分豪勢になっている。どこも、売り上げが伸びたのが父の為政の所為と分かっているので、感謝の気持ちなのだろう。
お母さん方も朝から集まって、皆で一緒に料理を作っている。粥だけではなく、市場では珍しくパンを焼く日でもないのに火が起こされ臨時のパン焼き大会が行われていたりと、何となくお祭りみたいな騒ぎになっている。兵達もきっちり職務を全うしてくれているので、住民達は朝から浮かれモードだ。
春の暖かで、けぶるような空は、陽気な声と音楽で満ち満ちている。
「ありがとう」
私が微笑みながら言うと、ててーっとフェリルが走ってくる。何かと思えば、ていっと言う感じで勢いよく布を手渡してくる。それは鷹をあしらった額宛てだった。鷹は栄誉や研鑽を司るシンボルだ。よく見てみると、足のところがちょっと歪と言うか、そこだけ刺繍が荒く変だ。でも、何度も刺し直した跡が努力を凄く感じる。
「フェリルがぬってくれたの?」
そう聞くと、ぱぁっと明るい表情で、足のところを指さす。
「ここ、ここ!!」
初めて刺繍をさせてもらって大興奮なのか、がじがじと腕を噛まれる。この子はそういう性癖なのかなと諦めて、皆から色々な贈り物をもらう。ウェルシからは手ぬぐいほどの大きさのマフラーをもらう。これ、毛だけど、きちんと織られている。やや糸の調子が外れている部分はあるが、それでも立派な物だ。
「ウェルシがあんでくれたの?」
そう聞くと、にっこりと微笑み、こくりと頷く。手織りのマフラーとか、前世込みで初めてだ。三歳児でこれなのだから、先が期待される。四歳になったら、即戦力扱いな気がする。丁寧に礼を伝えると、最後にジェシがてくてくと向かってくる。
「おえーと」
そう言って差し出して来たのは、帽子だった。全体的に太陽をあしらった刺繍が施されている。太陽は武運や権力を司るシンボルだ。ちょっと子供がもらうには面映ゆいが、喜んで受け取る。よく見ると、これも端の方がちょっと刺繍がおかしいのだが、きっとジェシが頑張って一針一針縫ってくれたのだろう。
「ありがとう、たんじょうび、きたいしてね」
そうこっそり伝えると、はにかむように微笑んで、安心した顔でお母さんのところに走っていった。
そこからは宴席が始まった。中々お腹いっぱいお肉を食べる機会も無いので、お母さん方と一緒に子供達も大喜びで食べ始める。新しく入ってきている子供達もあーだーっと上機嫌で、遊びまわる。ラーシーも幼馴染ーズが連れてきた他の兄弟姉妹に会えてご機嫌だ。お母さん方が、楽器を取り出し、楽し気な演奏が始まり、子供達がそれに合わして歌い始める。いつまでも幸せな空間は続いていった。
「最後の子も無事起きて帰ったわ」
結局はしゃぎ過ぎた子供達は電池が切れたように次々と撃沈していった。私も頑張って耐えたが、この体では持たず、ぽてりと眠ってしまった。
夕食はお誕生会の残りでさっと済ませて、熱い白湯を傾けている。ちょっと色々食べ過ぎて、胃が悪い。ほてーっと力尽きていると、母がそっと箱を渡してくる。
開けてみると、そこにはベストが入っていた。広げてみると、鮮やかで緻密な刺繍がこれでもかと施されている。一針一針に子供の健康を祈る親の気持ちが息づいている。そんな事を彷彿とさせる逸品だ。刺繍の中心は羊があしらわれている。羊は財運や子供の守護、多産を司るシンボルだ。子供の守護……。幾つになっても、母にとって、私は子供なのだろうな。ありがたい気持ちで、母を見つめる。
「うれしい、ありがとう、まま」
「また一年、無事に暮らしてくれてありがとう。ティーダはどんどん頑張るから。心配だけど、私の誇りよ、ティーダ」
少しだけ涙ぐみながら、母がぎゅっと抱きしめてくれる。そっと抱き返し、ぎゅっと抱きしめ返す。その温もりが伝わり合い、温かい気持ちで、胸がいっぱいになる。そっと離れると、父が真剣な眼差しで見つめている。
「ティーダ。私からも贈り物だ」
そう言って、小さな小さな箱を渡される。何だろうと、開けてみると、そこには一振りの小刀。業務用のカッターくらいの大きさの小刀だが、目を剥くほど驚く。男の子は、四歳の時に刃物を贈り物として渡される。それは社会の一員と見做された証なのだ。どんなに小さくても、刃物は刃物。私はやっと二歳。驚きのあまり、父の顔を見ると、そこには温かな微笑みが広がっていた。
「もう既に、武力という刃物を司ったのだ。この程度を制御出来ないとは思わない。それは信じる」
父の言葉が胸に沁みる。
「ただ、ティーダ。私の、私達の愛するティーダ。お前はやはり無理をしがちだ。それは信じられない」
父が苦笑交じりに言うと、母も同調したように頷く。
「だから、ティーダ。無理をしないように私達が支える。何があろうともだ。だから、信じて頼りなさい。私の可愛いティーダ」
人を信じる。信じて頼る。私が出来なかった事。やらなければならなかった事。父は、母は、それをやりなさいと、やっても良いんだと導いてくれる。
そっと頬を伝う涙。気付けば、私は泣きに泣いていた。
それを抱きしめてくれる、母。それを抱きしめてくれる、父。
私の二歳の誕生日は、こうして心穏やかに過ぎていった。




