第61話 良いデフレの始まり
兵の人達も少しずつ日常に溶け込み、村はいよいよ活気に満ちた。兵という若者達が入り込む事によって治安の低下を招くのではないのかという意見は、住民の一部にあったが、それは杞憂だ。
「ん? 犯罪を犯すと。そんな奴は、取り敢えず千切るよ?」
セーファの一言に、何を!? と聞けない怖さを感じて、やや前かがみになってしまう。ちなみに、兵には女性もいるんだけど、男女関係無しなの!?
「千切るな、間違いなく」
ぼそっとパパンヌも同調する。怖いよ。と言う訳で、千切られるのが怖い兵の皆さんは横柄でもなく、至って普通の町の若者として、溶け込み始めた。また、住民にとって助かるのは、夜警や警察業務を兵達が引き受けてくれるようになった事だ。今までは村人の持ち回りでやっていたが、若人に労力が集中すると言う事で、不公平な部分はあった。それを色々優遇する処置で対応していたが、限界もあった。そこが解消出来たのが大きい。
それに……。
「ベジェの実、安いよ!! 今年は甘くなってるよ!!」
「山羊だが、今朝潰したばっかりだ。見てくれ、この新鮮な肉!!」
「朝獲れのシーバよ。瑞々しくて、煮込むと甘いわよ」
市場は食べ盛りの六十人余りをゲットした事により、活況に沸いている。ただの六十人じゃない。兵全員の食べる物がある程度公平になるように従者の人達も、買い物を行う。六十人からのまとまった消費が一気に生まれたのだ。商売のチャンスである。と言う訳で、市場の人は積極的に値を下げてでも、売るようになった。その流れに敏感に反応したのが井戸端ネットワークのお嬢様達だ。あっという間に連絡が行き交い、世の女子達も市場に頻繁に顔を出すようになった。これが、薄利多売の始まりである。
ただ、行き過ぎたデフレは起こさない。市場の人間も村人の一員なので、限界はある。売り手の農家の人や畜産の人も買い物に来るので、限界を超えていると知らせが来る。そうなると、鶴の一声で是正される。それに、交易の富が公共事業、特に建築への協力という形で村の中に流れ込んだので、消費マインドが刺激されて、財布のひもが緩んだのが大きい。
結局何が起こるかと言うと……。
「税収が……上がっているな」
父が増えた文官さんが早速上げてきた税収の報告を見て、ほけぇっと呆れている。
「しょうひがふえたから、あがるのがふつうじゃないの?」
朝ご飯の後の白湯を飲みながら、私が問う。ちなみに、春になって、ちょっと冷まし気味になった。
「増えた人数の比率で考えれば、そこまで大きな消費の原因では無いからな」
「あぁ、そういうこと。もともとかねがあまっているじょうきょうだったので、それがまわりはじめたんだとおもう」
交易が本格化する前から、公共事業は徐々に増やしていた。柵の修繕、燻製小屋の構築、そして、兵隊長屋の造成。村という規模で見れば、怒涛の建設ラッシュだ。それに、鰻や燻製の導入に伴い、畜産の余剰も増えて、増産率が上がった。金が生まれるのに、物が大量に生産される状況だ。だから消費が増えて、結局税収が伸びる。
「これは……予想していたのか?」
「ここまでとはおもわなかったけど、うれしいごさん」
私が、くぴりとカップを傾けて言うと、父がぐりぐりと頭を撫でてくれる。
「ふふ。出来る子供を持って、私は幸せだよ」
言葉とは裏腹に、父の瞳はこう言っている。お前が生きていてくれるだけで幸せだって。それが分かるから、ててっと背後に回って、きゅっと抱きしめるのだ。
「ぱぱ、すきー!!」
「はは、変わらないな、ティーダは」
そんな温かな時間から、今日も一日は始まった。




