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第60話 新しい村の住人

 フェリルの誕生日の用意に並行して、村の中にも大きな変化が現れた。雪が消えたと言う事で、王都から徐々に人が入り始めたのだ。まずは従士の人達から入って、居住環境を確認する。次に伝令の人が半分入ってその情報を王都とやり取りしながら、最終的に部隊の人達が徐々に入村してくる。これも、村の環境、特に食糧事情が悪化しないために、王都側が気を使ってくれている証だ。そうでなければ、唐突に六十人がぽこんと出現して、パニックを起こす。


「受け入れは順調だな」


 父が若干疲れた顔で、白湯のカップを傾ける。夕食ギリギリまで、新築の住居の建設状況を確認していたのだ。


「しかし、大分楽になったな」


 実は、熊おっさんを取り込んだので、家の作りに関しては、長屋方式を取ってみた。建材の規格を統一化して、同じような建物を同じように建てられるようにした。彫刻に関しては厄災除けや幸運祈願など色々な意味があるため、その辺りの調整はしなければいけないが、大部分は共通規格で問題無い。将来的に家族を迎える際には、新規の住宅を建てれば良いだけで、取り敢えずの単身赴任ならば、1Kにトイレが付いていれば文句は出ない。実は本気で時代劇などで見る長屋みたいな形にしてみたのだけど……。


「兵舎なんかより、随分と上等だね。ディー様も偉く羽振りが良いね」


 とニコニコしたセーファに言われてびっくりした。そもそも一般の兵に渡されるのは、相部屋で、屋根が付いてればOK。トイレも共同で部隊一つに一つみたいな感じらしい。キッチンなんて、中隊規模で一つあれば良いし、食事の時は正に戦争になるらしい。独立独歩の気風が強いこの国なので、兵達も自炊は出来る。これで食費が下がると、家を見た兵達は喜んでいるらしい。


「図らずも、士気も忠誠も上がったよ。流石、ディー様」


 セーファの呟きに、はははと乾いた笑いで答える父と私。


 実は、その劣悪な兵舎を作るのと、あんまり投資金額は変わっていないです。


 結局目分量で大きな掘っ立て小屋を建てようとすると、色々建材が調整のために必要になる。また、保守のお金もかかるし、その際の保守部材は一から作らないと駄目になる。


 でも、長屋方式なら、材料は大量に必要になるが、一回慣れてしまえば、新人でも規格通りに作れば良いだけだ。村人達総出で作ったので、人件費が思いっきり圧縮出来た。その際に大量の保守部材も作っちゃったので、壊れても簡単に直せる。しかも、規格が合っているので、地面に対して簡単な調整をすれば、密閉性も高い。かなり良い住環境になってしまった。


「掃除や洗濯はきちんとさせる事。それは王都の兵舎と変わらん」


 父がレフェショの顔で告げるが、セーファはどこ吹く風と言った感じだ。


「そりゃ喜んでやるよ。自分の部屋なんて持ったことが無い奴ばっかりだからね。宝物みたいなものさ」


 家族を持っている兵ならいざ知らず、大概の兵は実家の大家族から離れて、兵舎に入った人間が主なので、個人の部屋と言うのが初めての経験らしい。最初に来た従者の人達が泣いて喜んでいたのはそういう意味かと私はぽんと手を叩く。父は劣悪な環境を思い出したのか、複雑な表情をしている。


「あの環境は環境で連帯意識を育てるには良かったんだがな」


「まぁ、料理が出来ると言っても、得意や下手はあるから。案外交流しながら、良いようにやると思うよ」


 セーファの言葉には実感が帯びている。確かにお母さん方と一緒に様子を見に行くと、従者の人達がそれぞれの家の竈を使って主食や総菜を作り分けて、皆で豪勢な食事を作り上げているのを見て感心した。薪の使用量も圧縮してくれるので、助かる。あのバイタリティは見習いたい。




「と言う訳で、畑を耕す事とする」


 父の言葉に、兵の皆の表情が曇る。昼までの訓練が終わり、午後の訓練と言う事で呼び出された六十人の前には、春蒔きを前にした畑が広がっている。


「レフェショ!! 質問があります!!」


 兵の一人が手を挙げる。


「何だ?」


 父の睨みに怯みながらも、言葉を紡ぐ胆力に私は評価を上げたい。父の戦闘民族振りは、一挙手一投足に滲む。本気で殺気を纏われると、私ちびっちゃう。


「畑を耕すのでしょうか? 訓練は無いのでしょうか?」


 若干、懇願にも似た言葉に、父は一瞥を向け、兵全体に声をかける。


「基礎体力の向上が目的だ。それに自分が食べる物は自分達で得る。その程度は働け」


 ちなみに、この王国の中では、兵員は所属する組織の上には逆らえない。父の言葉に、逆らう事は元々出来ない。


「では、始め!!」


 父の指示にうへぇぇみたいなうめき声を上げて、兵達が鍬を持って、畑に走り始めた。



「しっかし、これ、良く出来てるね」


 セーファがひょいっと持ち上げた鍬の先は青銅製に置き換わっている。今までは木鍬だったので、重さが足りないのと、強度が足りなかった。なので、同じ苦労をしても、開墾出来る範囲は微々たる物だった。それをレフェショヴェーダになった事で、銅と錫が安く買えるようになったのと、交易の収益を投資して、一気に作り替えた。


「適度に重いから、深く入るし、青銅のお蔭で硬い土も容易に砕ける。これじゃあんまり訓練にならないなぁ……」


 超どエスな事を言っているセーファに驚愕の目を向けてしまう。まぁ、耕地は広いし、量で勝負して欲しい。最初は聞こえないように小声で文句を言っていた兵達も、なんだかんださくさく進む耕作作業が楽しくなってきたのか、黙々と続けている。


「ちいきのにんげんとのこうりゅうもだいじなの」


 父に肩車されている私が述べると、セーファがうむうむと言った感じで頷く。


「そうだね。兵なんて、食べてばっかりだしね。住んでいる人にとってみれば、何をしているか分からないか。そういう壁を払拭出来るなら十分に意味があるね」


 やはり、王家の血筋を引いている人間は教養も違うなと舌を巻く。ちなみに、新規開墾は慣れた農家の人達が頑張ってくれている。将来的に新規開墾まで手が出せるようになったら、兵達にも土地を進呈するように父と話は付けている。屯田兵的な発想だろうか。自分の土地がもらえるとなれば、親身に働くだろう。それ程に共同体に受け入れてもらうのは難しく、またメリットのある事だ。


「しかし、まだ、餌をぶら下げるような状況じゃないから、内緒でね」


 にんまりと、どエスっぷりを湛えた笑みを浮かべたセーファが疲労で怠けだした兵達の尻を叩きに走り出した。追いかけられる兵達の絶望の声が、農地に響き渡る。


「あれでも、慕われているんだよ」


 父が苦笑を浮かべながらちょっと疲れたように呟くのを聞いて、私も乾いた笑いを浮かべる。


「てきにはしたくないの」


「同感だ」


 親子揃って意見が同じくした頃、兵達の悲鳴の轟きも佳境を迎えた。

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