第57話 水車をどう使うのか
と言う訳で、集会所と工房、二足の草鞋を履きながら、日々は穏やかに進んでいく。
「だから、そこにへんなかいぞうをくわえるなー!!」
「良いと思ってやったんだ、文句言うな!!」
「せっけいはぜったいなの!!」
穏やか?
徐々に冬の気配は残された木々の下の雪に感じる程度になってきた。空気は穏やかで柔らかく、吸い込むたびに、何か祝福を感じられそうな気分だ。
「じゃあ、おろしてください」
私が指示を出すと、熊おっさんの弟子の人が模型をゆっくりと川の中に沈める。大きさは、直径五十センチ程だが、からり、からからと元気良く回り出す。私と熊おっさんがうんうんと極めて感慨深げに頷く中、一緒に来た父が戸惑いの色を隠せない。
「これが……どのように役に立つと言うのだ?」
その言葉に、熊おっさんの蘊蓄が噴き出しそうだったので、慌てて誰にも見つからないようにてしっと蹴ってみる。
「ぱぱ、その真ん中の棒を握ってみて」
「これか?」
そう言いながら、父が心棒を延長させた物を握ろうとするが、元気よく回転する勢いに負けて握る事が出来ない。ぎゅと握りこもうとしても、水の勢いの方が勝るのか、水車は回転を止めない。
「握れないな……。で、これが?」
「もし、そのぼうのさきにといしがついていたらどうなるの? じぶんでまわしたりしなくてもとげるよ?」
私が利用例の一つを告げると、父が確かにと呟きながら、だがと言おうとした瞬間、私が次を告げる。
「もちあげるためにもりようできる。つちをつければ、じぶんがたたかなくても、かってにかわをなめしてくれたり、くさをつぶすことができるよ」
むぅっと口を噤んだ父に、私は言葉を被せていく。
「みずをたかいところにあげることもできるし、けをつむぐのにもつかえる」
次々に語られる使用用途を水車を見ながら吟味していたが、納得がいったのか父が口を開こうとした刹那に、そっと手を差し出す。
「このくるまは、こうやってうごかしかたをかえられるの」
そう言って、簡易な歯車で縦回転を横回転に変える。
「みおぼえがない? いしうすだって、じどうでひける。せいふんさぎょうにひとでもひつようなくなるんだ」
私がそういって母を見つめた瞬間、父が一瞬目を見開き、穏やかな微笑みを浮かべる。
「そうなれば、女手が空くな……」
短い言葉だが、万感の思いが籠っていた。バタバタと忙しい家庭の女性の労力を減らしたい。母に楽をさせたい。その思いは父に伝わったようだ。
「分かった。大型水車の完成予定だが……」
ここからは、大人の世界。私は母とこっそりハイタッチで喜びを分かち合った。
皆で揃って夕ご飯を食べた夜。珍しくそっと父が部屋の中に入ってきた。
「ティンの事を考えてくれて、ありがとう、私のティーダ」
父はそういってぎゅっと抱きしめてくれたので、私も抱き返す。
そんな二人の姿を見て、そっと涙を拭っていた母も、父に招かれて、抱擁の輪に入る。
その日は三人で川の字になって、ゆっくり眠った。




