第53話 プレゼンの基本
幼馴染ーズがワクワクしながら見守る中、しゃりしゃりと板に線を描いて、完成とする。
「ふぉ、くゆくゆ?」
二人が子犬のような期待に満ちた瞳をしながら聞いてくるので、首を振るとがーんとショックを受けた顔になる。
「しょんもり」
「だんねんなの」
二人はしょぼしょぼと、女の子達のままごとの輪に入っていく。私は母に線に沿って、鋸で切ってもらうようにお願いする。
「これは……難しいわね。曲がっているところなんて、奇麗に切れないわよ」
きこきこと切りながら、母が言うが、私もこくんと頷きを返す。
「それは、せんようのどうぐがないとむりなの。とりあえずでだいじょぶ」
そう伝えると、気が楽になったのか、さくさくと切り進めて、部品を作ってくれる。
「ここにあなをあけてほしいの、あ、ここはちいさめに」
母との初めての工作は、ちょっと面白い物になった。
「もう完成したのか?」
夕食の後、出来た物を見せると伝えると、驚愕の表情で父が呟く。
「ちいさいのをつくるのはかんたんなの」
そう伝えて、じゃんっと、小さな板を机の上に置く。その上には石が置いてある。
「そのままおしてみて」
私がお願いすると、父がひょいっと押す。
「これが?」
父が不可解と言わんばかりの表情で首を傾げる。私は、板の石を一旦降ろし、棒を差し込んで円形の板を棒に嵌め込む。棒も態々穴の開いた川石で奇麗な円形になるまで引っ張った逸品だ。母がやってくれたけど。
「もう一度押してみて」
「ふむ……。形は変わったがこんな物が……って!?」
父が同じように板を押すと、コロコロと車輪が回って、すいーっと走る。
「軽い……な」
呆然と囁く父の表情を見て、母とハイタッチをして喜ぶ。頬をスリスリした後、良い子良い子と頭を撫でられた。
「驚くわよね。私も初めて触った時はびっくりしたわ」
「これはどうするんだ……。まさか」
「このままおおきくすると、おもいにもつもらくにはこべるようになるの」
私が告げた瞬間、父が真剣な表情になる。
「それは……確かに。であれば、これをどこまでも大きくすれば!!」
「その場合、ここのぼうのきょうどがもたないの。もくざいのきょうどをみて、ほどほどのおおきさをさぐるの」
私が少し残念そうに伝えると、父も仕方なさそうに頷く。
「道理だな。だが、これは面白い……。大量の荷物を運べるのなら交易も……ってこれが目的なのか?」
父が訝しむようにこちらを見つめる。
「ちがうの。これがくるまのがいねんなの。このまるいのがあれば、ちからがかわるってわかったら、つぎのだんかいなの」
私が言うと、父がふむむと悩む。車輪の概念が導入されると、生活の多くが劇的に変化する。現在井戸は紐を落として直接引っ張る形だ。紐が消耗するのも早い。それを滑車にするだけでも労力と摩耗を抑えられる。それほど車の概念は重要なのだ。一足飛びに手押しポンプまで進む事も考えたが、まだまだ工作精度が低すぎて、そこまではいけないとも結論付けた。で、あれば、文明の進捗をそのまま再現していく方が理解は早いだろう。
「次……まだあるのか……。水の……くるまと言っていたな」
父としては、物流の大改革というインパクトで頭がいっぱいのようだが、私はもう一段先、動力を取り入れた作業の自動化まで進めたい。
「そのためには、だいくさんのてがひつようなの。だめ?」
ここからの工作はちょっと規模が大きい。母に頼むにせよ、精度を出さないといけなくなる。となると、本職を巻き込みたいのだが、現在の建設ラッシュで絶賛人手不足だ。なので、荷車の実利を先に見せて、興味を持ってもらった。
「ぬぅぅぅ……。はぁ、そうだな。家の建設は、弟子達もいるから何とかなるか。それに、部材の移動が最も力仕事になるからな……。この荷車というものがあれば楽にもなるだろう。相談はしてみよう」
確約でなくても、父からは色よい返事が聞けた。わーいと母と喜び合う。何故母が喜んでいるか? 麦の脱穀と製粉は女手の仕事だからだ。母ににんまりと微笑むと、ちょっと涙ぐんでいた。出来れば、家事の負担が減らせますように。そう神様に祈ってみた。




