第51話 新しい家族
雪の猛威も過ぎ去り、少しだけ春の訪れが近付いたかなと窓から外を見つめると、見慣れない生物が雪の上を戯れていた。毛足の長い何かなのだが、私の頭の生物図鑑には載っていない。
「まま、あれなに?」
後片付けをすませた母が部屋に戻ってきたのを幸いに、指さし聞いてみる。
「あら、可愛い。ファニュね」
雪の色と同じく白い毛に顔の部分と思われる中心の鼻だけが黒い。聞くと、犬の仲間らしい。成長しても、ウサギくらいの大きさにしか育たず、好奇心旺盛で人懐っこい性格のようだ。村でも寂しがりの老人が愛玩目的で飼っているようなのだが、そういえば村の中は出歩いたけど、詳しく家の中までは見ていないなと思い至る。
母と一緒に、積もった雪にてとてとと足跡を付けながら、ころころと楽しそうなファニュに近づく。通常なら警戒されそうなものだが、こちらを見つめたファニュはお尻にあるぽっちりした尻尾をふりふりしたと思うと、よちよちと言う感じで駆けてくる。ぺふっと脚に激突すると、そのまま足元を駆け巡り始める。まだ、十、二十センチ程度の体長だ。掌に乗る子猫くらいの大きさだろうか。
「ひゃふ、ひゃふ!!」
元気よくご機嫌の鳴き声を上げるファニュを母が抱き上げる。
「んー。まだ生まれてからそんなに経っていないわね。まだまだ子供よ? どこかのお家の子かしら?」
母が首を傾げると、フェリルが慌てた様子でお母さんと一緒に走ってくる。
「あぁ、リィーン!! いちゃの!!」
ででーっと言う感じで母の元まで来ると、涙ぐんだ顔でひょいっひょいっとジャンプして、ファニュを取り返そうとする。
「あぁ、手間をかけちゃって申し訳ないね。一昨日生まれたんだけど、この子が見せたい見せたいって聞かないんだよ」
フェリルのお母さんがはははっと笑いながら事情を説明してくれる。ファニュに関しては、秋口に交尾をして、冬遅めに出産するらしい。子作りの周期はまちまちだが、生涯で二回から、三回しか出産しない。その際に生まれるのも二匹から、三匹くらい。そのまま乳を飲んで育ち、春頃に活動しだすとの事だ。食性は雑食で、基本的に何でも食べるようだ。自然界では、爬虫類や両生類、魚などを捕まえて食べる。毛足が長いのに泳ぎが得意なのが特徴といえば、特徴だ。
「むふー!!」
ドヤ顔でフェリルが籠を開けると、ファニュが三匹、ひょこりっと顔を出す。先程はぐれた子も、何食わぬ顔で混じっている。ポメラニアンにも似ているが、ちょっと柴犬系の顔も入っており、凛々しいと可愛いの相の子みたいだ。籠からよじよじと抜け出し、ころりと転がる。そのままてくてくと歩いて、ひゃふひゃふと可愛い鳴き声を上げる。
「ここ最近は出産しなかったから。もうそんな歳かなって思ってたら、今年は作っちゃってねぇ。あんまり多いと世話が大変だから。貰ってくれる家を探してるのよ」
フェリルの家でも、祖父母、父母、子供の三代、七匹がおり、子供達がそれぞれ世話をしているらしい。ただ、フェリルは大人しい祖父母ファニュの面倒係だったので、新しい子が欲しかったようだ。
と言う訳で、集会所は騒然となった。子供達、特に女の子が鈴なりでファニュの一挙手一投足に歓声を上げる。ファニュ達も物怖じしないのか、てふてふ歩いてはペロペロと他の子を毛繕いしたり、火鉢の方に移動してぺふんと伏せて動かなくなったり、個性的だ。
見るのは結構。ただ、貰うという話になると、お母さん方の背景にぴしっと罅が入る。明らかに空気が固まり、さりげなく家計が厳しい方向へ井戸端会議がシフトしていく。フェリルのお母さんもその辺りは承知しているのか、言葉巧みに可愛さをアピールしているが、飼う気のある家には行き渡っているらしく、中々良い返事は上がらない。
「いいわよ、うちで面倒見るわ」
ジェシのお母さんが言うと、ジェシのテンションがだだ上がる。フェリルと一緒にどの子にするか相談を始める。
「まま、かう?」
このままだと、誰も手を挙げないなと思って母に呟くと、複雑な表情が返ってくる。
「お世話、大変よ。生き物を飼うって、難しいわよ?」
珍しく否定的な事を言うのは、自身が馬と旦那と子供の面倒を見ている実感の表れだろう。ここで面倒を見ると言っても、懐疑的な目を向けられるだけだ。
「うちもけっこうもうけているし、しゅふそうのとりこみをしないと、いらないしっとをかうの」
にこにことしながら、ぼそっと母にだけ聞こえる大きさで呟くと、母が渋面を作る。分かる。子供に犬を飼おうと言われた時、本当に困った。お世話するって言っても、初めだけだ。散歩もいかなくなる。結局親が面倒を見る羽目になるんだから。
それでも、世間体の方に天秤が傾いたのか、女子高生のような若々しい笑顔を見せると、こくんと頷きが返る。本人も、生き物は好きなのだ。それでも、後押しが無ければ、中々一生の面倒なんて、手が出ないものだろう。
「ここはれふぇしょがせきにんをもつかな?」
私が偉そうに言うと、お母さん方からほっとしたような溜息が漏れる。感謝の視線が母に向くが、母もいえいえと謙遜している。
「ただ、はんしょくのじきは、ちゅういしてください」
釘を刺すように告げると、お母さん方皆が縮こまった。母はくすくすと笑っている。
「こえ、このこ!!」
ジェシが一匹のファニュを取り上げる。ちょっと銀色がかった毛の色が特徴的な子だ。フェリルは一番丸々として可愛らしい先程迷子になっていた子。私は顔が凛々し目の子という形で、分ける事になった。
その晩、毛布の中ですやすやと眠っていると、ひゃふひゃふと小さな鳴き声。うぅぅと気合を入れながら起きると、目をキラキラと輝かせたファニュがお尻をふりふりこちらに向かって鳴いている。外は真っ暗。火鉢のほのかな赤色だけが頼りだ。
「あぁ、授乳か……」
後二週間程度は、夜中の授乳が必要らしい。朝早く、忙しく駆け回っている母を起すのは忍びないので、用意していた山羊のお乳を火鉢で湯煎して、布に含ませて、口元に差し出す。吸啜反射でちゅーちゅーと吸い出すファニュの満ち足りた表情を見つめて、そっと苦笑を漏らす。
「お前の名前は、ラーシーだ」
そう告げながら、そっと頭を撫でた。




