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第50話 衛生問題も解決です

 ふわと目を覚ますと、母は既に起きたのか部屋には一人。暖かな火鉢の上には五徳が置かれ、金色の薬缶(やかん)がぴしゅ、しゅんしゅんと音を鳴らしている。



「かしつもだいじだし、ねつをむだにするのはもったいないの」


 火鉢構想と炭の供給を提案した際に父に伝えた、朝からお湯でぬくぬく戦略を思い出す。

 炊事に勤しむお母さん方が暖かく家事が出来るように火鉢の使用を推奨するというコンセプトだ。


「水分? ふむ? 冬場は喉がいがらっぽくはなるが……」


「びょうきのもとは、しつどがたかいとよわくなるの。それにあさからおゆがつかえるの」


 病原菌の事を説明するのは難しいので曖昧な説明になったが、朝からお湯が使えるというのは父の心にスマッシュヒットしたようだ。薪だって、燃え残りは壺に入れて密閉して消火する。それくらい無駄を省くエコ生活なので、暖房器具だって燃料を無駄に出来ない。なので、新しい雑貨が必要だと議論を展開し、鍛冶屋さんがサンプルを作ってくれたのが試作型薬缶バージョン0.5だ。まだα版である。


 丸みを帯びたフォルムは比較的薬缶っぽいが、造形は歪だし、差し口の接合も武骨だ。それでも、薬缶っぽい使い方は出来るので良いかなと。今後の習熟に期待したい。ちなみに、焼き物でポットはあるので、説明は簡単だった。ポットがあるのに態々金属でポットを作る意義に関しては議論になったが、そこは押し切ってみた。



「おはよう、ティーダ」


 最近、事務仕事が忙しい父は、食堂に持ってくる書類も増えていた。それを読みながら、朝食となる。

 その後は歯磨きと、洗顔の時間だ。両親は良い香りの干し草を指に巻いてきゅっきゅと磨く。私は母の膝まくらに寝転がり、布できゅきゅっと磨いてもらう。さっぱりしてにこっと微笑むと、母がおでことおでこをこちんと当ててくれるので終了の合図だ。


 その後は洗顔だ。冬の水は身を切る程の冷たさなのだが、火鉢のお湯を薄めると、あら不思議。ほかほか洗顔タイムだ。紅葉のお手手を入れて、ぱしゃぱしゃ洗うと、母が顔を拭ってくれる。私がててーっと離れると、両親の番だ。お湯が余り気味なので、洗顔だけではなく、洗髪まで済ませる。腰までの濃い茶色の髪が、水気を含んで真っ直ぐになるのは、何とも言えない色気が香る。


「しかし、朝から湯を使うのは贅沢だと思っていたが、慣れると手放せないね」


 父が濡れた髪を布で拭いながら、ぽつりと漏らす。そもそもお湯を使うのは夜寝る前に、髪を洗うのと、体を拭う時だけだった。その理由も、夕食の用意で使った火の残り火を使って沸かすからという理由だった。火鉢を使い始めてからは、日常のいつでもお湯が使えるようになり、前よりも断然快適になった。何より、清潔になったのが良い。


「食器を洗うのにもお湯が使えるのは助かるわ。しもやけや赤切れで大変だったのが、見て、今年は大丈夫なの」


 母が美しい手を父に向けると、父がそっと手に取る。そのまま、ちゅっとキスをすると、双方赤らんだ頬で見つめ合う。その瞳がキラキラしだすのを見て、こほんと咳払い。慌てて母が、私を集会所に誘導を始める。



「ふへぇ、ぬくぅの」


「ふわふわよ?」


 フェリルは縁側の猫みたいな顔で、木柵の周りに寝転んでいる。ジェシは、垢抜けてふんわり軽くなった髪をこれでもかと見せつけてくる。ほらほらではなく、おらおらに近い距離で突き出してくるので、困る。


「おゆ、つかってる?」


 聞いてみると、他の家でも適当な設備で炭火の有効活用をしているらしく、鍋で温めたお湯を自由に使えるようになって、冬場の不潔感が減った。何というか、寒くなってから皆、垢染みてきていた。残り火と言っても、残らない日は行水無しとかもあったので、冬の衛生事情は中々劣悪だった。

 それが、火鉢の登場で解消された。子供達も、皆こざっぱりしていて、顔色も良い。


「ぷかぷかなの」


 タライ風呂もお湯の量が少ないと湯冷めするのでやってもらえないのが、毎晩入れてもらえて、嬉しそうだ。うちは私一人だけど、兄弟姉妹が多い家は、お風呂だけでも一苦労なのだ。


「洗い物も、洗濯も楽になったわぁ」


 お母さん方の井戸端会議でも、火鉢効果は噂に上がっている。煙の出ない炭は好評で、もっと流通量を増やして欲しいという話も出ていた。ただ、薪と違って炭に関しては単純に量産出来ない。今は野焼きで廃材利用をして炭を作っているが、本格的に炭を生産しようとすれば、炭窯を作らないといけなくなる。それに炭を作るための燃料も必要になる。投資を回収出来るとなると、鉄器生産まで進まないと無理だろうなと。


「ちゃぷちゃぷ」


「ばしゃばしゃ」


 お風呂の歌を楽しそうに歌う二人を見つめて、暖房問題は一旦片付いたかなと、ふわと欠伸を一つ吐きながら考えた。

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