第5話 匍匐前進から子供の移動範囲は飛躍的に広がります
結局半年程は変わらない日常が続いた。この期間で父と母に対する照れの部分は解消された。
慈しみを向け続けられていつまでもうじうじとはしていられない。愛情に応えるように体いっぱいに頼るようにした。特に不審がられてはいないので、これで良かったのだろう。
四カ月目頃に、足と腕をぶんぶん振り回していると、勢い余って体ごとくるりと回転した。一瞬何が起こったか分からなかったが、これ、寝返りだ。ずっと逆さまに見えていた景色が目の前に広がり、心から感動する。
近付いて触れてみたいとじたばたと手足を動かしてみたが、匍匐前進が出来るほどに手足の筋肉は発達していないらしく、宙を掻くか地面に押し戻されている感じだった。だが、寝返りは覚えた。じたばたとしながら、少しずつ寝返りの精度を上げて部屋の中を探検しようと思ったが、途中で電池が切れるように暗闇に包まれる。体力が無さ過ぎだ……。
匍匐前進の練習を繰り返していると、じりっじりっと前進出来るようになってきた。まだ方向転換が出来るほど器用に体重移動が出来ないので、寝返りを駆使しつつ部屋を縦横無尽に確認していく。部屋の真ん中で寝かされている時ははっきりしない視力で良く分からなかったが、壁は土壁のようだ。
ぺしぺしと叩いた感じでは結構な厚みがある。くいっと視点を上げると窓が見える。窓枠は木製のようだ。一部の壁には見事な刺繍が施された絨毯のような物が壁紙のように飾られている。
いつの時代の物なのだろうと思いながら、ぺらぺらと捲っていると、つーっと音がして扉が開く。ぎょっと振り返り、母と目を合わす私。
「あー、だぁ?」
小首を傾げて、なるべく可愛い感じを表現してみると、じーっとこちらを見つめていた母がててーっと戻っていく。
誤魔化せたかと思ってよいしょよいしょと布団に戻り転がると、母と父が上から覗き込んでいて、またぎょっとする。ふわりと母に抱きかかえられ、部屋の隅にぽてりと置かれ、父と一緒に手拍子をしながら何かを歌っている。
これは……ここまでおいでと言う事か……。残り少ない体力を振り絞りながら、じりじりと匍匐前進をして、父の手前で両手を差し出すと、嬉しそうに抱きかかえられ、そのまま高い高いをされる。
「チョベシーヤ、ディーリー。ウケチャベルータ」
ハイテンションな両親はそのまま何度か匍匐前進をせがんだが、二度目の途中で電池が切れた。まだ……航続距離は……出せない……よ……。
次の日には、柵が辺りを取り囲んでいた。
柵、そう、ベビーベッドよりも大きいが、まぎれもなく木柵だった。
あんまり目が届かない時に動き回っては困るという両親の思いだろうなと諦め、柵内で周回しつつ掴まり立ちの練習をする事にした。
匍匐前進で鍛えられた腕と脚は思いの外丈夫だったらしく、支える手の筋肉が発達してきたら、あっさりと掴まり立ちは可能になった。
練習を始めて、二、三日といったところだろう。そのまま匍匐前進とべったりとお腹を着けた腕立て伏せを繰り返していると、ハイハイが出来るようになり、移動は高速化した。後、馬力も上がったので、柵と一緒にずりずりと移動して、周囲を確認可能になった。
出来れば、書類、書物などがあれば奥付を調べてどれくらいの期間が経っているのか確認出来るのだが……。まだ、蓋を閉じている箱などは手が出ず、要練習な状態だった。機動性は上がって馬力も上がったのだが、その分燃費は著しく低下し、調査の最中に寝落ちするのが常になった。
それでも行動範囲は広がっているので良しとする。ちなみに両親は柵ごと移動している姿を見て喜んでいるので、まぁ良いかなと続ける事にした。