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第44話 後片付け

 ほわっと目を覚ましたのは、まごう事なく朝だった。鳥の(さえず)りが耳に心地よく響く中、ふと異臭を感じる。横を見ると、母が珍しくだらんとして(いびき)をかいているが、その口からは……。


「おさけくちゃい」


 アルコールの香り。戦勝祝いだったのかなと鼻を摘まみながら考える。まだこの体では、アルコールの香りを嗅いでも呑みたいとは思わない。そっと立ち上がり、集会所の扉を開けると、そこは死屍累々だった。奥の上座では、旅の疲れからか、父が座ったまま眠っている。てとてとと近付いて、肩を揺すると、微かなアルコール臭と共に欠伸が一つ。


「あぁ、起きたか。おはよう、ティーダ。なるべく飲まないようにしていたけど、流石に疲れていたね」


「まだはやいの。へやでねる?」


 私が問うと少し考えた父が、すっと立ち上がる。


「そうだな。お邪魔させてもらうか」


 私は父の手を引きながら、部屋に戻る。ててーっと走って、布団をばしばし叩くと、微笑んだ父がそっと母を抱き寄せて、瞳を閉じる。至福を現した一枚の絵のような状況を見て、この幸せを守り切った事の感慨が改めて心の中を満たす。

 ねえ、ぱぱ、まま。私は約束を守れているかな。皆を幸せに出来ているかな。自分を幸せに出来ているかな。そんな事を考えながら、そっと父の背中に寄り添い、もう少しだけの惰眠を(むさぼ)る事にした。



「これが処罰だ」


 父が冷たい口調で宣言した瞬間、馬達の(たてがみ)が無残に切られ、鞍の飾り布が引き裂かれる。その一挙手一投足ごとに襲撃者達の顔が悲痛に彩られる。


 襲撃者の素性は、台所で転がっていた長、ベベスタの遠縁の遊牧民族の一族だった。元々、定住してから最後に入植した一族なので、扱いが悪いと言うか、軽い。そういう不満を周囲に漏らしていたのが、ベベスタなのだ。その不満を常々聞き及んでいた遠縁の親戚が金のなる木をぶら下げて現れた父の話を聞いて、村を手中に収めようとしたのが今回の顛末だった。遠縁とはいえ、親戚を軽んじるのはけしからんという義憤と欲に目がくらんだのが運の尽きと言う事だろう。


 遊牧民にとっては、馬は財産でもあるし、生涯の伴侶でもある。女房とは違う生涯の愛を誓い合った相手という言葉がある程に、馬には執着している。御多分に洩れず、父も母も馬を大事にしている。馬房には一日三回以上世話に行くし、私は絶対に近付けない。ブラッシングはもとより、マッサージも、鬣の世話も、鞍の飾り一つまで細心の注意を払っている。ちなみに、四歳になったら馬を買ってもらえるとも聞いている。それ程に、愛着と誇りの対象である馬。


 その馬を汚す行為というのは最大の侮蔑であり、また、最大の恥辱でもある。こんな馬の状態では、他人に会う事も出来ない。その間に反省して心を入れ替えよというのがこの辺りの(なら)わしらしい。というのも、一族の影響が隠然と根深く残っているので、悪さをしました、じゃあ首を切りましょうとなると、全く知らない所から変な影響が出る場合が多々とある。そういう悲劇の連鎖を繰り返さないための処置でもある。


 では、襲い掛かるのは良いのかとなるが、これも色々と取り決めはあるのだが、戦争ならしょうがないよねというまた別の理論で動く事になる。ただ、勝ち負けがはっきりした場合には、その序列に従うべしというのが暗黙の了解だ。ちなみに、皆殺しにした場合にも適用される。


 呆けたように愛馬の無残な姿を眺める歴々とは別に、ただ一人憤りと暗い情念、憤怒の炎を燃やしている男がいる。ベベスタの父の兄という初老の男なのだが、この人が家長である。幾ら血を見ないようにしてても、暗黙の了解が守れない人間がいたら、有名無実だよねと心の中で再び起こるであろう闘争の日々に嘆息しながら、再起までの時間が長引きますようにと神に祈る。


 裸馬に乗せられた六十弱の男達。父が、馬の尻を叩くと、だっと駆けはじめる。これにて、戦闘は一旦の終焉を迎えた。



 ちなみに、遅めの朝食が終わり、父と詳しい話を執務室でしようと、台所の横を通った時だった。


「何故、こんなところに人が縛られているんだ?」


 父の言葉に、母と私は顔を見合わせて、はっと口を開けてしまった。


「わすれてた……」


「忘れてたわね……」


 ベベスタ……どこまでも不憫な男である。



「一族の長としてあまりに浮薄(ふはく)だ」


 襲撃者の処遇が終われば、ベベスタの処遇に移る。内通していた訳でも無いし、戦闘の邪魔をしていた訳でも無いが、直接の原因を作った事は大きな問題だ。また、もし指揮を握っていた場合、どう動いたのかも分からない。


 老人会を筆頭とした長達の真ん中で震えるベベスタ。


「よって長を剥奪する。以後はその子、ベディヤンを家長とする。皆、盛り上げるように」


 お友達のベディヤンがお母さんに抱かれながら、その冷たい雰囲気にぐずっている。基本的に独立独歩の気概が強く、何かあった場合に一族の縁を頼るというのが生き様なのだが、そうなると家を継ぐ人間が残らなくなる。と言う訳で、そのタイミングで家に残っている子供、末子が家長を継ぐのが習わしだ。なので、代が変わる時には一気に若齢化する。そういう柔軟さが、族長経営に新しい風を吹き込むのかなと風俗を感じながら考える。またそういう時に積極的に皆が手伝うので、横のつながりも厚くなる。結局お互い様の(しがらみ)で雁字搦めにしていく文化なのだ。


 今後ベベスタは子供を作る事は許されず、家を独立する事も許されない。若隠居という形になるが、酷く落胆した表情でベディヤンを見つめている。やはり、気風として強い父を見せたいというのはあるのだろうが、そもそも向かなかったんだろうなと一旦は考えから追い出す。


 色々と私が暮らしていた現代日本との違いを考えて、利点、欠点を見出しながら、今後の対応を夢想する。そんな私の頭をくりくりと大きな掌が揺らす。


「今回の件は、文官が戻り次第リグヴェーダにも伝える。皆の功績は大きい。褒賞はまた考えるにせよ、今はまず一言。よく頑張った、誇りに思う」


 父の言葉に皆が明るい顔で平伏する。強者の誇り足りえる。それが何よりの褒美なのだ。ちなみにこの場に用の無い子供は絶対に参加出来ないのだが、私も功績を認めるという形で参加している。どうもこの手の論功行賞の場は誉れらしく子供達がざわついていた。


 何はともあれ、一旦は一件落着である。あぁ、肩が凝った。

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