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第40話 開戦の狼煙

 すやーっと眠っていた私が、荒々しい扉のノックにぱちりと目を覚ましたのは空がやや(しら)じむ頃だった。


 一歳児が徹夜なんてどだい無理なので、開戦までの指示を母に告げて、ぽてりとそのままお布団に潜り込んだ。人肌の温もりが無ければ眠れないかなと思っていたが、思った以上に気を使って体力が消耗したのか、布団に包まって目を瞑れば、起こされるまではばっちり寝入っていた。


「おじさん、ままは?」


「ティンは門の方で指示を出してる。待ってなさい。おんぶしてあげるから」


 伝令役のフェリルの父がひょいっと負ぶってくれる。家は最終防衛拠点として、子供や動けない老人達が次々と運び込まれている。物々しい雰囲気に怯える子供達を老人達が懸命にあやしてくれている。


「とーたん!!」


「あ、てぃーだ!!」


「いってくるねー!!」

 

 その中で目敏くこちらを見つけたフェリルとジェシが手を振ってくれるがあまり構えない。なんとか手を振り返して返事をしたと思うと、たたっとフェリルの父が走り始める。要所要所の側面の柵には緊張した面持ちの若者達が数人単位のグループで薄く張り付いている。彼らに関しては遊撃なので、もし正面が迂回してきた場合は周囲のグループが集まって迎撃をする算段だ。


 村の中央付近では、簡易の竈が幾つも作られ、ナンもどきや粥、簡単に食べられる総菜がお母さん方の手で作られている。手隙になった人間はここで補給をして、また現場に戻っていく。樽の中には真水が張られており、態々井戸から汲み上げる必要も無い。併せて井戸には戸板を打ち付けて、毒などを簡単に仕込めないようにしてある。


「もう相手は戦の準備を始めている、頼むな、三代目」


 フェリルの父がぽてんと私を下ろすと、また颯爽と駆けていく。壮年の訓練を経験した男性陣は伝令として走ってもらっている。伝令の大切さは軍事訓練を経験した者にしか分からない。なので虎の子の訓練経験者だが、敢えて最重要の伝令に回ってもらった。


「まま!!」


 門のやや後方に建てられた天幕の中を覗くと、母や数名の修羅場を潜った事のある人間が濃厚な血臭の気配を巻き散らしながら指示を出している。


「あぁ……ティーダ……。出来れば、家で待っていて欲しかったけど……」


 跪き抱きしめて囁かれる母の言葉を、そっと唇を人差し指で押さえ、止める。


「れふぇしょがうしろにいたら、しきがいじできないよ。たんきけっせんをめざすんだから、いちばんまえでいる」


 私の言葉に、母が一瞬顔をしわくちゃにするが、ぎっと唇を噛み締めると、そこには今まで見た事の無い、戦う母の顔があった。


「三代目、準備は良いか?」


 母に抱きかかえられ、天幕を出ると、ジェシの曾祖父が迎えてくれる。老人会は言うまでも無く、縛られている男を除く長の皆は祖父や父と血風刃雷の雨を潜り抜けてきた百戦の猛者だ。それぞれ各地に散らばって隊ごとの指揮をお願いしている。正直、細かい指揮が必要な規模の戦闘じゃない。若人達が恐怖に混乱した時に、ケツを引っ叩いてくれれば良い。勿論一番の親玉のフェリルの曾祖父は正面確定だ。


 門正面には、百名程の老若男女と三十人の剣をぶら下げた壮年の男女が忙しそうに話し合っている。その後ろでは、若い女性達が投石用の石を移動させている。その後ろにはもしもの場合のための鞍を付けた馬が六十ちょっと。ちなみに家の土台用の川石は建設予定が無い時から常時少しずつ川から村の石積場に移動させているので弾に不足は無い。


「はーい、みんなー、きいてー」


 私が声をかけると、徐々に辺りは静まっていく。幾ら長に言われたからと言って、いきなり子供の言う事を聞けと言われても、はいそうですかとはいかないだろう。それでいい。ただ、この時、この戦いの間だけは信じてもらわなければならない。


「おじいちゃんたちがいのちをかけてていじゅうしたこのむら。みなのせんぞがねむるこのむら。そして、あなたがあなたのはんりょが、あなたのこどもたちがうまれはぐくまれ、こいして、あいしたこのむら……」


 私は母に掲げられながら、言葉を紡ぐ。


「ぱぱはそんなむらをいままでいじょうにゆたかにしあわせにしようとした。みながえがおでくらし、そのじんせいがみのりあるものとおもい、このよをさるときにもえがおでみおくられる、そんなむらをいままでいじょうにゆたかにしようとした」


 言葉が響くにつれ、皆の表情が穏やかになっていくのが分かる。幼児の言葉は聞くだけで、心の緊張を解す。私は懸命に腹に力を籠める。


「だが、そのゆたかなこのむらを、あらゆるいのちをねだやしにしてもうばおうとするものがあらわれた。それはゆるされるのか!!」


 その言葉に、皆の眦がきりりっと上がる。


「いな、だんじていなだ。ぼくたちはまもらねばならない。ふそよりうけついだ、このゆたかなちを。たちあがれ、みな。あらがえ、みな。まぎーらはたたかういしにこそ、そのかがやきをあたえてくれる。いざ、しょうり(ヴェーダイン)を!!」


 果てよとばかりに叫んだ瞬間、静寂が訪れた。世界の時が止まってしまったような沈黙の中、誰かが叫ぶ。


勝利(ヴェーダイン)を!!」


 さざめきは波のように波涛し、徐々にそのうねりは天をも揺らすような叫びに変わっていく。


勝利(ヴェーダイン)を!! 勝利(ヴェーダイン)を!!」


 全身の躍動を思いのたけを表しながら、皆が混然一体になった瞬間、私は片手を上げる。


「せんとー、ようい!!」


 その言葉に、地揺れを感じんばかりの気合で雄たけびを上げた皆が、それぞれの配置に着く。ぐつぐつと煮えたぎるマグマのような躍動を感じられる士気を肌で感じながら、柵の外を覗く。やや時を置き、向こうの先陣と思われる数名が馬に乗ってこちらに向かってくる。十分に引き付けたのを確認し、私は、母にこくりと頷く。


 鈴の鳴るような、そう形容される声は数多とあるが、美しい玻璃を弾いたような涼やかな叫びが、母の口より迸る。


「開門!!」


 その叫びこそが、開戦の狼煙だった。

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