表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/151

第4話 過去の自分と今の自分


 目が開いてからは世界が広がった。情報収集、情報収集と。


 ただ頭が大きすぎて、転がる事もまだまだ不可能だ。くいっくいっと首を回して周囲を確認するのが精一杯だが、少しずつ情報量は増えている。


 寝かしつけられている部屋は一間で日本の四畳半の部屋よりも狭い。ただ、荷物や家具は無く毛皮と布が敷き詰められている。ただ、壁の一部が焼けていないので、元々は物置代わりに使っていた部屋なのだろうと推測する。


 手足の感覚は未だに鈍い。神経も成長しているのかなと思い、徐々に慣らしながらそっと動かす。そっとなのは……。


「ディーリー、デレーヤィテェケ?」


 慈愛に満ちた瞳でこちらを覗き込む、母の姿があるからだ。父らしき人との親愛さとこちらを包み込むような瞳を見ていれば、この人が母親なんだなと実感する。


 あーだーと手を伸ばすと、そっと抱き上げ、揺すられる。そんな他愛のない動きで私の体は安心を覚え、リラックスしてしまう。心と体の乖離はまだまだ著しく、中々制御出来るものではない。焦っても仕方ないと、諦めて、全てを母に任せる。あぁ、こんな人生もあるのだなと。



 私の母は育児放棄(ネグレクト)のきらいのある人だった。父は会社が忙しく家を空ける事が多かった。幼児の頃は憶えていないが、物心がついた後からは母が家にいた記憶はあまりない。深夜遅くに物音が聞こえて母が帰ってきたのを知るのは小学生の高学年の頃だっただろうか。


 そんな家庭から逃げるように仕事に打ち込み、結婚したのは大学を卒業して奨学金を繰り上げ返済した頃だ。当初は温かな優しい家庭を作ろうと邁進していたが、どうも空回りをしていたのと父の姿を無意識に追っていたのか、家庭から孤立するのは時間の問題だった。


 そんな中でも子供二人を育て、大学卒業までの資金を作る事が出来たのは、望外の喜びだった。まだまだ子供達の未来を見たい……。そう考えるのはエゴなのだろうか。


 この姿はそんな私を戒めるために神様が用意した罰なのだろうか……。捨てられても捨てきれず、縋りつくように生きて来た人生への罰……。それでも私は身の回りの人間だけでも幸せにしたかった。



 そんな事を思考の片隅で考えていると、母にうにっと眉根の辺りを押さえられる。くりくりと動かした後に、そっと話してにぱっと笑う母の顔に一点の曇りも見当たらなかった。どうも難しい顔をしていたのを心配したようだ。ごめんねお母さんと思いながら、出来る限りの笑顔で両手を受け入れの姿勢に変えた。



 暫くは体力を付けて、感覚を取り戻していく事。そして言葉を覚える事に集中してみた。未熟、未発達な体は反復により徐々に感覚を鋭敏に、そして脳の指示に的確に応えるようになっている。


 昼夜の感覚も瞼が開いた事によって把握出来るようになった。一日でこのくらいという(はなは)だ亀の歩みだが、それでも少しずつ前進している。


 言葉に関してだが、何となく分かってきたのは自分の名前がディーリーかディーリではないかという事だ。顔を見る度に使われる言葉なので、その可能性は高い。ただ、父を呼ぶ時もディーと呼んでいるようなので、お父さん、赤ちゃんの関係性かもしれないが、気長に覚える事にする。もう、体が眠気を覚えている。あぁ、瞼が、瞼が……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックマーク、感想、評価を頂きまして、ありがとうございます。孤独な作品作成の中で皆様の思いが指針となり、モチベーション維持となっております。これからも末永いお付き合いのほど宜しくお願い申し上げます。 twitterでつぶやいて下さる方もいらっしゃるのでアカウント(@n0885dc)を作りました。もしよろしければそちらでもコンタクトして下さい。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ