第37話 最恐の老人会がアップを始めました
秋にしては冷え込み、母の懐に潜り込んでぬくぬくしてしまった朝。
食事を終えて、ころころしていると、てててっと慌てた足音が聞こえる。何かあったのかと、慌てて上体を起こすと、がらっと引き戸が開けられて、母が狼狽した様子で手招きをする。すちゃりと立ち上がり、外に出て見た光景は……。
「では、先生。始めて下さい」
農家の御老人達がちょこんと座った私を取り囲むように見ている。怖い……。
投石器の話を聞いて、面白そうだと思ったのか、農作業に出られなくなった老人の皆さまが大挙して押し寄せてきた。縄をなうのは大得意な皆様なので適材適所ではあるのだけど、物凄く緊張する。
母も態々乾燥のハーブでお茶を作って持て成したりしているので、老人会の隠然たる影響力が垣間見える。こちらの苦労も分かっているので、あんまり無茶は言ってこないが、この層が拗ねると村の運営に問題が出る。一族の長だからだ。そのため父も母もあんまり上手に出られない。これが村社会という奴だろう。
「ほぉ、そうやって補強すると……」
「ここを布にするのは何故なんじゃ」
孫や曾孫に良い顔を見せたいのか、老人達の質問の声は止まない。答えていくだけで、緊張で胃が痛くなった。だが、するすると何気なく作っているかのように見えた老人達のスリングはしっかりと締めこまれているのに、しなやかで、しかも石受けの部分も結いこんで一体型になっていた。草鞋みたいな石受けの部分は自然な凹みを描き、石がきちんと保持出来るようになっている。流石歴戦の戦士。ちょっと要件を聞いただけで、簡単に作り上げてしまう。
各家庭から持ち寄った縄が余ったので、私の分も新作を作ってくれた。自分が作った物と比べると悲しくなるので、気にしないようにする。
老人達に見守られながら、我ら投石部隊が元気よく投石を開始する。しなやかな紐の部分はなめらかに回転運動を石に伝え、私が作った物なんて玩具のように思える勢いで石が飛び出していく。
「ほぉぉ。ジェシが武器じゃ武器じゃと言っておったが……。こりゃ、大したもんだ……」
ふんすとドヤ顔のジェシの曾祖父がジェシの頭を撫でながらどれどれとジェシの投石器を借りて、何度か試しに投げてみる。コツを掴んだのか、ひゅんひゅんと勢い良く回し始め、すっと片紐を手放した途端、ずどんと結構良い音がした。二十メートル程離れた木のど真ん中にめり込むように石が刺さっている。これ、当たり所とか言わず、間違いなく損傷するよね。っと絶句していると、老人達が面白そうに孫や曾孫の投石器を借り始める。
三十分もしたら、そこには歴戦を潜り抜けてきた投石部隊みたいな老人達が降臨していた。いや、確かに江戸時代の農民最強の遠距離攻撃といえば、投石だったけど、こんな勢いで石が飛んで来たら、間違いなく人死にが出る。心の中でひぃぃと恐れを抱きながら眺めていると、ジェシに返してと縋りつかれているお爺ちゃんがこちらを向きながら口を開く。
「三代目……こりゃあ、本気か?」
朗らかな表情とは裏腹に、その目の奥には冷たい物を感じる。これは、この男手が減った時期に態々村民に使いやすい武器を供与すると言う事が何か、分かって問うている目だ。
「あきもふけるから、やけんとかおおかみがでてくるの。みなでたいじしないとあぶないの」
私はにこにこと返したが、その目には全く別の感情を乗せる。
「そうじゃな、そうじゃな。ほほ、面白い。狼か。怖いのう。じゃったら、数をこさえんといかんのう」
狼と兵員増強の思惑は伝わったようで、老人達がにやにやと笑い始める。これで各御家庭にスリングセットが完備されるのは間違いないな。縄は各家庭の内職なので、後で買い上げて再配布したら良いだろう。その辺りの算段も織り込み済みの目をしていた。これだから老人は嫌いだ。一歳児に腹芸をさせないで欲しい。そう思いながら、老人達が見守る物騒なお遊戯会が続いた。




