第35話 消費が低迷した物に付加価値を付けて交易する
「なーしちょうの?」
「あー、りょーり!! めーなの。まま、こわーの!!」
私の姿を見つけられなかったからか、家の中まで入り込んで探しに来たフェリルとジェシがきょとんとした目で小首を傾げる。私は布を顔に巻いた奇妙な姿でぐるぐると液体をかき混ぜていた。
「ほぞんしょくとこうえきがおいしーの」
私の言葉に、少し父が怯んだ顔をする。
「保存食か……。食物の貯蔵は大事だと思うが、中々すぐに出来る物では無いしな。交易と言っても魅力的な商材と相手が無くては難しいぞ?」
父の言葉に母もうんうんと頷く。お爺ちゃんもその方面には結構手を出していたらしく、火傷の残骸がそこかしこに残っている。敗因は研究不足と海千山千の商人相手との頭脳戦に負けた結果のようだ。
「しょーにんになかぬきされないように、ちょくせつとりひきでまずはもうけるの。あいてはないりくがわのゆうぼくしているひとたちがいいの」
今後の事を考えると言う事で、周辺の事情は色々聞き取ってみた。この村の由来もそうなのだけど、元々は遊牧していた民が川辺の地に定住したのがきっかけで、国民のそこそこの数は遊牧しているのが実態のようだ。それぞれが連絡を取り合いながら、領地を緩やかに平定しているのがこの国のお国柄らしい。刺繍が美しかったり、馬が多かったり、何となく中央アジアな雰囲気を感じていたが、生き方も似ているらしい。
で、遊牧しているのも村人誰かの遠い親戚みたいなものなので、それなりに物のやり取りは頻繁に行っている。大きな流れとしては畜産とそれに伴う物品を遊牧民が生産して、定住民が穀物などを生産する。これをやり取りしながら共存共栄しているのが現状らしい。そこに商材を増やそうというのが目的だ。
遊牧している民は、そこここに掘られた井戸を拠点に点々と家族や一族単位で生活しており、お金はあるが物品は無い暮らしが多い。特に魚とかは川や海でゲットしない限りは食べる事も出来ない。商売の鉄則は、満ちた物を足りない所に流すと利益が生まれると言う事だ。
「りょーしさんのさかながきょーきゅーかたなの。それをほぞんしょくにかえてこうえきすれば、ほてんするひつようもなくなるし、りえきもおおきくなるの」
従来の環境はなるべく崩さず、余剰を交易に回すという方向性を提示したところ、父と母も納得してくれたので、早速実施である。
「ぐーるぐる!!」
「てぃーだはあかたんなの!! ちょっとまっててくだたいねー。ごはんできまちゅからー」
幼馴染ーズにちゃっかりソミュール液を掻き混ぜる係を奪われてしまった。女の子として、台所仕事は憧れなのか、私が何かやろうとしても、ていっと邪魔される。振り向くと二人のお母さん方がごめんねと苦笑しながら言ってくるのでしょうがないかなと。ただお母さん方的には家庭の内情をままごとに反映されるのは恥ずかしいのか、先程から違うのと連発しながら母ときゃぴきゃぴしているので、まだまだ若い。
と言う訳で、漁師さんから最近不振気味の川魚を安めに買ってきて、お母さん方に捌いてもらっている。お腹を開いて内臓を取り出し、木片を加工した串でお腹を広げてソミュール液に漬けていく。
アルコールの基本はエールビールだけど、雑多な果物から作った醸造酒もあるのでそちらを利用して、ソミュール液を作ってみた。塩が若干高いのが微妙だが、原価の方に乗せて売り上げれば問題無いだろう。
後は明日塩抜きをして、陰干しをすれば一旦干した魚は完成する。ここまででも保存食にはなるけれど、真似をされるのもすぐなので、もう一手、燻製まで進める。それに燻製の方が保存期間は伸びるし、味も良い。
ちなみに、今日のお母さん方へのお駄賃は川魚で済むので、思ったより安く上がるのは内緒だ。
「むふー。あーん」
こらフェリル、生魚をあーんさせるのは、やめて。口に、口に押し込もうとしないでー!!
秋の高い空の下、目前に簡易な燻製装置がでーんと鎮座している。集会用の広間には、お魚さんが紐で縛られて、天井の辺りを優雅に泳いでいる。気温は室内であればもう十八度を切っている。夏は遠くなりにけりだ。
父が恐る恐る頑張って砕いた油の少ない香りの良い木のチップに火を点す。濃密な煙がふわりと上がり、温燻が始まる。暫く待って、金属製の燻煙装置の真ん中あたりが触る事が出来ないくらいの温度になれば大体六十度。このまま朝から夕方くらいまで待てば完成と。
様子を見ていると、てとんてとんと雫の落ちる音がしてきたので、にんまりと微笑んでしまう。脂が落ちると言う事は十分な温度になっているし、きちんと油受けが機能していると言う事だ。
流石に燻煙装置を言葉で示すのは難しく、適当な端材を駆使して伝える羽目になったが、大変だった。最終的には大工さんと鍛冶屋さんを紹介してもらって侃々諤々の議論を繰り広げた。まぁ、一歳児が話に参加してきたら、胡散臭いと思うよね。ちなみに、王国を建国した理由の一つに、大きな銅鉱床と錫鉱床があったのが理由らしい。世はまさに青銅時代なのだろう。ちなみにお金は銅貨が主になっている。現在は銀を本位にしているようで、金はほぼ産出されないので装飾に極々少量が使われる程度だと話が聞けた。
火の番と言う事でお母さん方に燻煙は任せつつ、偶に様子を見に来る程度で問題無かった。ちなみに台所を経験したフェリルとジェシは三歳児までの女の子の中の憧れの存在となり、リアルなままごとの指導者の地位を確固たるものにしていた。でも、飽きたよ。
夕方、火が傾きかけた赤みを帯びた時間、緊張の一瞬が始まる。そっと布製の手袋で防護した父が燻煙装置の蓋を開けると、ふわりと濃い煙が散っていき……。中には、川魚達がその黄金色をキラキラと輝かせていた。
夕食の主役は何と言っても完成した燻製の川魚だ。竈で炙ってもらって脂が浮いてきたくらいで実食となる。
まずは父がむしりと剥がしたピンクがかった身を口に含む。緊張の刹那……、その次の瞬間、かっと大きく父の目が開かれる。
「これは……濃い。魚は好きだが、こんなに旨かったか?」
驚いたような呟きに母が骨を避けて、身を毟って口に入れてくれる。はむっと口に頬張った瞬間、濃い燻煙の香りが抜ける。その後、複雑な塩と香辛料の香り、そして薄く適度な塩味と川魚の上品な脂の香りと甘さ、最後に凝縮濃縮された旨味たっぷりの身の味が舌の上で躍る。
「あら、あらあらあらら。美味しい!! これ、好きよ!!」
母も大絶賛の味だ。ここからは黙って黙々と食事が進む。人間美味しい物を食べ始めると、黙り込んでしまうものだなと改めて思った。
「これなら、しょーざいになりそう?」
白湯を片手に至福の表情の両親に聞いてみると、こくりと力強い頷きが返ってきた。




