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第3話 目が見えると色々分かるようになりました

 驚きのあまり気を失ってしまった。いかん、いかん。


 医師の人やトレーナーかもしれない。しかし、改めて考えると成人男性を持ち上げるとかどういう筋力なのだろう……。


 重量物搬送用の着るパワードスーツみたいなのも開発されていたし、そういう最新性機器が割り当てられるというなら海外なのかなと現実逃避をしながら、静かな闇の中、そっと瞼を開く。


 辺りは月明かりか星明りだろうか。ほのかな白に照らされ、薄い紺に覆われている。首を傾け、持ち上げた手を見た瞬間、はぁぁと溜息が漏れる。あまり感情を動かすと、泣きそうなので、ぐっと堪える。


 どう見ても縮尺がおかしい。紅葉のように可愛らしい手だ。両手、両足と確認したが、間違いない。嘘だと言ってよ……。


 これ、赤ちゃんだ。意味が分からない。何故……。



 記憶にある限りの過去を思い出していく。五十の誕生日。そう、あの日会社を偶々早く出て、エレベータに乗った。


 一階に着いて、AEDの前を通り過ぎ、心筋梗塞とか脳梗塞とか怖いな……。なんて考えていた……。それから……、それから? 記憶に無い。痛みとか、閃光とか、銃で撃たれたとか、そういう情報が一切無い。え? 死んだ? いつ……。何が起こって……。


 心が虚ろになった瞬間、体に優先順位が移ったのか、えぐえぐと嗚咽が始まり、そのままおぎゃぁおぎゃぁと体から振り絞るように泣き声を轟かせ始めた。横で眠っていた人がそっと抱き上げてくれるが、あまりにも大きなインパクトに心が動かない。


 口に含まされた乳房もいやいやして振り切り、足を上げられオムツを確認されてもじたばたと逃げようとしてしまう。何故? 何故? それだけが心の中を満たし、パニックが絶頂に達しようとした時だった。


 そっと抱きしめていた人が、歌い始める。歌詞は分からない。メロディからは子守歌だろう事は推測出来る。ゆらゆらと揺蕩うように揺らされていると、あの幸せで窮屈で温かな日々を思い出す。


 そうか、あれが胎内だったのか。なんて満ち足りた幸福な世界。でも、今も……。そっと抱えられながらも、細心の注意で落とさないように気を配っている。それは義務などではなく、満ち満ちた愛情が教えてくれる。あぁ、生まれ変わりというやつなのかな。この人が母親だったら幸せだろうな……。そんな事を考えながら、疲れ切った体は、眠りに落ちていった。



 日々授乳と排泄、そして睡眠のサイクルの中、少しずつ視覚と聴覚がはっきりしてきて分かった事がある。まず、ここは日本では無い。日本では無いけど、どこかは分からない。かなり文明圏から離れているような気がする。電化製品とかが全然見当たらない。服や布も麻みたいな物だし、そもそも貫頭衣みたいな服だ。それに……。


「ウーチェイマー、ディーリー。アババババ」


 母親役は、物凄く若い女の子だった。もう、娘より全然若い。中学生くらいじゃないのかと思うくらい、若い。


 どうしよう。なにこれ、ちょっと恥ずかしい。乳母とかなのかな。お世話役? でも、授乳が出来ると言う事はそういう事だよね……。そんな事を考えつつ、複雑な思いで乳房に吸い付く。


 そっとその顔を覗くと、信じ切った表情でこちらを覗き込み、こくりこくりと飲み干す様に一喜一憂をしている。その表情を見て感じるのは罪悪感。


 この子は、この体は、誰のものだったのだろう……。本当はこの女の子の子供として生まれるべき人格が有ったんじゃないのか? そう考えると、恐ろしさと怖ろしさで心の中が塞がれる。そうなってしまうと、体の方が防衛本能なのか、泣き叫び始める。そうすると、困ったように女の子が扉の向こうに声をかける。


「ラークスィーディー。テレレッツァイー」


 その声に、かたんと引き戸が開けられると、精悍な若者が顔を出す。この子も高校生くらいだ。おぎゃぁおぎゃぁと泣き叫ぶ私を軽がると抱き上げ、上下に揺らしながら、優しい表情で何事かを告げてくる。意味は分からないが、その慈しみの感情だけは分かる。私だって二児の父だ。子供を見つめる目には鏡の中で見覚えがある。


 あぁ、どれほどの思いを湛えているのだろう。少しだけの申し訳ない気持ちを抱きながら、幸福感と泣いた疲労感でそっと意識を落としてしまった。

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