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第29話 家族のカタチ

 結論を言えば、私は今まで私の人生を舐めていた。併せるならば、私を大事に思う人も舐めていたのだろう。そんな人間が、誰かを幸せにする? 家庭を持つ? 子供を慈しむ? 滑稽で、滑稽で、申し訳なくて、ただ、悲しかった。世界中の全てにごめんなさいと言わんばかりに泣き続け、ぷつんと意識を失った。


 一歳児で、気絶から起きたての子供が少し水分を取ったって、泣き叫んだら体力が切れちゃう。折角拾った命。やっと自分の愚かさ、悲しさに気付いた命を粗末にするところだったと、自分の不甲斐なさに苛まれながら、覚醒する。


 うっすら開いた瞳から入ってくる部屋の景色は、溢れるような燦々とした陽光が世界中を包み、舞い散る小さな綿埃すらも幻想的で壮絶なまでに美しく光り輝いていた。生まれ変わったような気分。


「おはよう……ティーダ。起きてくれたのね……」


 昨日からまた一睡もしていないのだろう。母がなおも濃くなった隈を帯びながらも、凄絶(せいぜつ)なまでに美しい慈母の表情で、頭を撫でてくれる。


「まま、ぱぱに……おはなししたい」


 私が告げると、母が(かぶり)を振る。


「お話は良いわ。ただ、今は先に食事を済ませましょう。もう二日近く食べていないのよ、私のティーダ」


 その言葉に、お腹がくぅっと自己主張をする。その音に母と私は顔を見合わせ、くすくすと笑ってしまった。幸せな時間、そうやっと理解出来た幸せな時間。そっと頬を寄せ合って、ありがとうと心の中で呟いた。


 食事の用意が済み、食堂に向かうと父は既に待っていた。一瞬勢いよく立ち上がろうとしたのだろう。それをぐっと抑え、拳を握りこみ、そして開放、数度わきわきと開閉を繰り返し、落ち着く。


「おはよう、ぱぱ」


「起きたか……ティーダ。無事で何より。さぁ、まずは食事にしよう」


 その言葉で、いつになく静かな朝の食事が始まる。食べ始めるまではそうでも無いかなと思っていたのだが、一口粥を頬張って咀嚼、胃に入れた瞬間、猛烈な飢餓を感じる。あぁ、これは危ない気配だと察知し、よく噛んで食べ進める。

 もちゅもちゅと少しだけ塩分強めで量も大目な粥を食べ終えて、ぬるめの白湯を啜る。ほぅと一息。


「ねぇ、ぱぱ。きいてほしいことがあるの。ううん、いわなければならないこと」


 そっと姿勢を正して、父に向き合う。私の瞳を見つめた父も、そっと居住まいを正す。


「聞こうか」


 転生者だ……とは説明出来ない。分かりやすいように話をするにはどうすれば良いか。元の人格とかの話も両親にとっては不明な話だ。きっとこの罪悪感は私が噛み殺し、生涯共に歩むべきものだ。自己犠牲なんかじゃない、私が生まれて初めて本当の意味で背負った業なのだから。荒木晋を、ディーリーを無自覚に殺してしまった先に生まれた……ティーダとして。


「ずっとね、いろいろおしえてくれるの。んー、あたまのなかのこえみたいなのが」


 そう言った瞬間、両親が息を呑む。


「教えてくれる? それは何をかな?」


「もじをおぼえるといいよとか、ことばをおぼえるといいよとか。おぼえやすくするにはどうすればいいかとか」


 他人格という表現が分かり辛いなら、天の声みたいな表現であればどうだろう。そう思って告げた言葉に、二人が雷鳴に打たれたようにびくりとして固まる。


「それは……いつからかな?」


「ずっと」


 そう告げた瞬間、父がどんっとテーブルが割れんばかりの勢いで、拳を叩きつける。


「これか!! 老母様が言っておられた、慈悲の照らしというのは!! そのようなもの……子供にとっては……幼子にとっては呪いでは無いか!!」


 堪え切れない感情をそれでも押さえつけようと、握りしめた拳から、血が流れるのが見える。


「ディー……ティーダが怯えるわ……」


 母の言葉に、私は(かぶり)を振る。どれほど狂おしいまでに私を思ってくれるのか。ただただ、幸せが心に満ちる。


「だいじょぶ。しんぱいをかけてごめんなさい」


「ティーダ……ティーダ。私のティーダ。私達のティーダ。心配など……。そんな小さな身で、そんな重い苦労を……。私は……私は……!!」


 ぎりと握られる拳に、小さな、何も出来ない紅葉のような小さな手をそっと重ねる。


「きっとそれがなかったら、いまいないとおもう。だからありがたいの。ぱぱとままにあえてうれしいから。ありがとう、ぱぱ、まま」


 はっと見つめられた父の顔は、我慢の為、熱病のように真っ赤で震え……それでもなお、いつもの父であろうとしてくれていた。あうあうと口を開閉しても声が出ない父に代わって母が口を開く。


「ティーダは……ティーダなのね?」


「うん、ずっと、いっしょ」


 そう告げると、ひしっと母が抱きしめてくれる。


「ティーダ……ティーダが生きていてくれるなら……それで良いの……」


 母の言葉に、うっすらと涙が浮かびそうになるが、まだ早い。


「ぱぱ、きいて」


 我慢の中に佇む父に、そっと語り掛ける。


「もう、むりはしません。きちんとおはなしをしてやります。だから、てつだって」


 手伝って欲しい。一緒にやって欲しい。何故、こんな簡単な一言が、この生涯、今まで出せなかったのか。色々悔やむ部分はある。でも、今は先を向く。そう決めた。


「いっしょにしあわせになる。ぼくも、ぼくもしあわせになるから。だから、てつだってください」


 その言葉を告げた瞬間、世界がぼやける。その二つの瞳からは輝くような雫がぽろぽろと滴り落ちていたのだから。


「それが……神であろうと何であろうと、ティーダ……。お前を守る。それでも尚か?」


 父が食いしばるように一言一句を空気に刻みつけながら吐き出すのに、こくりと頷きを返す。


「きっとやっていればっておもうの。だから、いっしょにやる」


「そうか……。そうだな……。そうだろうな……。慈悲……か。何故……。いや、そんな事はどうでも良い。急がなくても……いいのだ……それを!! ……分かった……。許す」


 血を吐きそうな父、そっと机を回り込み、その背におぶさる。最後の一言を絞り出し、嗚咽を解禁する。


「ありがとう、ぱぱ、まま。もう、むりはしないから」


 その言葉に、今までの葛藤を気付いたのか、父が嗚咽を始める。母も気付いたのだろう。そっと涙を拭い始める。でも、きっとこれは必要だった。本当の家族として、一緒に歩んでいくためには。だから、もう迷わない。私は家族と一緒に幸せを歩んでいく。そうしたいと、願い、決めたのだから。

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