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第28話 誰かのための人生じゃない

 ぱちりと目を覚ますと、辺りはもう真っ暗だった。あぁ、夜まで気を失ったのかなと上体を起こそうとすると予想以上に体が重い。あれれと思いながらとさりと頭を戻し、深呼吸でもと思った瞬間、けほけほといがらっぽさを感じて、咳き込む。喉が乾燥して、張り付いているような感触だ。なんじゃこりゃと首を捻ると、横で人の起き上がる気配を感じる。


「ィーダ……ティーダ!! 起きたの、ティーダ!! 良かった……。ほんっとうに……よかった……」


 目が合った瞬間、お水を頼もうと思ったのだが、そんな暇も与えず、ぎゅううっとしがみ付かれる。いつものどこか手加減した柔らかな抱擁ではなく、崖に転落する子供を支えるような必死の拘束。そこまで意識させるような力の入れようだった。


「まーま……いたい……」


 喉が乾燥して、出しにくい声を振り絞り、母の耳元に語り掛けると、はっとしたように拘束が緩む。


「ごめんなさいね……。あぁ、喉が渇いたよね」


 そう告げて、ぐい飲みに口が付いた水差しを口に含んでくれるので、こくこくと飲み干す。細胞の一つ一つに水が染み渡るような感じを受け、寝ぼけたようなだるい雰囲気が一掃される。なんだか、長い時間飲み食いをしていなかった人みたいだなと少し苦笑めいたにへらっとした笑いを浮かべそうになると、母が慌てたように立ち上がる。


「そう!! ディー、ディー!!」


 ぱしんと引き戸を開き、母が家の奥に声をかけると、今まで聞いた事も無い慌てっぷりで重い足音が近づいてくる。


「ティーダ……おぉ!! ティーダ……ティーダ……」


 こちらを確認した瞬間、よろ、よろっとまるで近付けば儚く消えてしまう幻想を警戒するかのように、壊れ物に触れるかのように細心の注意を払って進み、そっと抱きかかえられる。その圧倒的な抱擁は子供の体には酷ではあったが、心配させてしまったのだなと思えば、素直に受け入れようとこちらも首を抱えて抱きしめた。



 落ち着いたところで食堂に移動し、状況を確認する。どうも私は一日半、気を失っていたようだ。思った以上に長い。その間、水は少しずつ布で含ませていたが、食事は誤嚥が怖くて無理だったらしい。一日半と馬鹿に出来ない。子供が保持出来る栄養何てたかが知れている。一歳ちょっとの子供なんて、何かあったら簡単に死んでしまう。そう考えると、ぞっとした。


「薬師は病ではないと言っていた」


 父がカップの水を含み、訥々と語る。


「老母様は気の病だろうと。体ではなく、思いが痩せて倒れると言う事があるそうだ。それにティーダは近かったそうだ」


 気の病、鬱とかだろうか。思いが痩せる、疲労するというとストレス症状を思い出す。確かに強いストレス症状の初期症状で、めまいなどはあったなとふわふわと思い浮かべる。


「……よって、今後は作業を禁止する」


 考え事に集中して聞いていなかったが、不穏な事を言われたような気がする。


「え?」


「ティーダが気を使う必要はない。よって、ティーダ。今後は作業に関わる事を禁止する」


 泰然と言い切る父の前に、言葉が一瞬出てこない。作業って……。


「べんきょうも? あそびも?」


「無論。そもそもそんな事を考えるべき年ではない。そもそもティーダは一歳になって間もない」


 その瞬間、目の前が真っ暗になる。このまま、何も出来ない? 口を開くがわなわなと震えるだけで、言葉が出てこない。


「やりたいの!!」


 必死で言い切った言葉も、父の一言がばっさりと切り捨てる。


「駄目だ」


「どーして!!」


 我ながら聞き分けないなと思いながらも、これは譲れない。息せき切るように詰め寄ろうとするが、父の瞳を見て、動きが止まる。


「ティーダ。子供は自らの責を自らで負う事は出来ない。今までは楽しそうにする姿に甘えていたが……。本来ティーダ……ティーダは遊び、育まれるのが仕事なのだ」


 その瞳は後悔と深い悲しみに暮れていた。助力を求めようと母の方を見た瞬間、尚のショックを受ける。あんなに朗らかだった母。その美しい(かんばせ)には深い隈が刻まれ、たった一日半にも関わらず、その頬は見れば分かるほどにこけていた。その変化を生み出す後悔、悲痛はいかほどばかりだろう。それを考えると、わなわなと伸ばそうとした手を下ろすしかなかった。


「何がティーダを駆り立てるのかは分からん。それでも、ティーダは私の子供だ。ティンが腹を痛めて産んだ子供だ。その大事な子供が生死の淵を彷徨う事を、誰が求めるか」


 父の言葉にはっと気づく。私は……独り善がりだった? 


 いつもそうだ……。前世の子供の頃から、大きくなって大人になっても、家庭を得て子供が生まれても、そしてこの地に改めて生を受けても……。


 幸せになって欲しいとは思うけど、自分が幸せになろうとしていたか? そう考えた瞬間、呆然と見開いた瞳から、滂沱の涙が溢れ出る。

 禁止されて悔しいからじゃない、幸せに出来ないから悔しいんじゃない、自分自身が自分を大事にしていなかった事、そしてその所為で両親が大事な物を失いかけた、その事が悲しい……。


 やっと気付いた、私、馬鹿だ。どこまでいっても、自分の事しか考えていなかった。自分というフィルターを介してしか、他者を見ていなかった。


 その瞬間、表情筋が痙攣せんばかりに顔が歪む。体はがくがくと震え、立っている事も出来ない。這う這うの体で、芋虫のように、そう、年相応の赤ん坊のように匍匐で必死に父に近づき、縋りつく。


「ごめんなさい……ぱぱ、ごめんなさい……しんぱいかけて、ごめんなさい」


 溢れる涙は、止め処を知らず、ただただ、父の太ももに濃い泉を点々と作り続けた。

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