第26話 一日の始まり
朝日を感じてふわりと目を覚ますと、少しだけ世界がくわんくわんと揺れる。幼児期特有の症状かなとふるふると頭を振って、正常な感覚に戻ったところではいはいして母にタッチする。夏場は体温が高い私から無意識に離れようとするのか、ちょっと遠くに転がっている。それでも少し触れるだけで、ぱちっと目を開き、柔らかな微笑みをくれた。
「おはよう、ティーダ。おめざめ?」
「あいー」
顔を覗き込むようなスフィンクスのポーズで片手を上げると、母がきゅうっと抱きしめて、頬をすりすりとしてくる。その絹のような肌ざわりが嬉しくなり、こちらもぐりぐりとお返しをする。
「さ、ご飯にしよう」
ひょいっと抱き上げられるので、いつものベストポジションにすちゃっと収まると、母が颯爽とキッチンの方に向かう。竈が一つ。洗い場が一つ。調理台が一つ。村長の家、集会所としても使われる拠点としては簡素と思われるキッチンだが、何かあったら周囲の人達が食べ物を持ち寄るのがこの村の宴会のマナーのようなので、問題は無い。それに小さいながらも井戸があるのも特徴だろう。私は床几の上にぽてんと寝かしつけられるので、ころりと寝返りを打ち、母の調理模様を観察する。
料理に集中しつつもこちらへの注意は疎かにしない。ひらひらと頑張ってと手を振るとにんまり笑顔で応えてくれる。中学生か高校生くらいの女の子とは思えない手早い熟練した姿に感嘆の息が漏れてしまう。
ちゃちゃっと朝食を作ってしまうと、食堂に並べる。その頃には、父が起きて書類を読みながら待っている。
「おあよう」
声をかけると、薄く微笑み、座ったまま高い高いで朝の挨拶だ。
「おはよう。今日も元気そうだな」
父が書類を置き、母がちょこんと座ると朝食の始まり。私も小さな子供用の食器で両親と一緒に食事を取る。はむはむと乳粥を食べて満腹になると、父は執務室に戻る。私は皆が来る時間まで部屋で休憩。腹ごなしにころころころころと寝返りを打ちながら全身運動をしていると、少しずつ家の周囲がざわめき始める。
おはよう、さぁ今日も日常の始まりだ。




