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第2話 状況を確認したいのですが……

 意識が覚醒した時だった。温かく柔らかな物に包まれ、何かを嚥下している感覚だけを感じる。


 こくりこくりと自分の口とも喉とも思えない程に素直に飲み下す。温かで、どこか甘い。微かに記憶に残る儚い煌めきのような欠片。遠い過去に感じた、生きるモノ全てが望む安息の楽園。そんな事をまとまらない頭で考えながら、今はほのかに感じる空腹を満たすため、貪欲に吸い付く事にした。


 暫く吸っていると、ちゅぽんっと静かに口元から柔らかな物が引き抜かれる。その唐突な幸せの終わりに驚いた瞬間、顔の筋肉が強張る。あぁ、感情の吐露がえらく容易だなと思いながら迸りそうな涙に自由を与えようとした瞬間、むにゅりと大きく開けた口に柔らかな物が差し込まれる。


 何かそういう機能を持った機械のように口は勝手に窄められ、柔らかな物を迎え入れ、きゅっきゅっと噛みつかんばかりの勢いで吸い上げ始める。そして止めどなく流れ始める、血潮のように濃い液体。正体も分からないが、あの揺蕩うだけの日々の中だけでも考えるのは精一杯だった。


 今は生きられるならそれで良い。そんな事を意識の端で思い浮かべながら懸命に吸い上げることに腐心した。



 また意識を失った。空腹を感じ、意識を戻す。閉じられた瞼は闇のままだ。ずっと閉じたままだったので視力を失ったかと思い、手さぐりに周囲を確認しようと、両手をパタパタと振ると、柔らかな物に当たる。


 すると、にゅーんっと言う感じで浮遊感に包まれ、また柔らかな物が口に差し込まれる。お腹は飢餓を訴え仕切り無しにぐるぐると言っている。周囲の把握は諦めて素直に差し出された幸運を享受する事にした。


 お腹が満ちると、便意を催す筈なのだが……。何というか、若かりし頃に食べたバラムツの後のように、便意を催した瞬間、お尻がぷくりと膨れて、生暖かい感覚だけが広がる。括約筋が損傷しているとか、そういう事なのか? そう思っていると、不快な感触に体が反応し、泣き声を上げてしまう。それも何度か繰り返して気付いたのだが、もう赤ちゃんのような鳴き声で声帯もどうにかなっているのかと、心が重くなる。


 しょんぼりと心の中で自分のこれからを悲観していると、ひょいっと両足を上げられて、おむつのような何かを交換されて、抱き上げられる。ゆらゆら揺らされていると、不快だった事も、これからの悲観も取り敢えず忘れ、ただただ睡魔に襲われるのだった。



 周囲を認識したい。そう思って、取り敢えず瞼を開ける努力をしてみる。懸命に開けようとするのだが、体の神経がおかしいのか、瞼がぴくりとも動かない。手で開けてみれば良いじゃないかと思うのだが、両手も同じく自由に動いてくれない。ぶんぶんと大雑把に振り回すのがやっとだ。


 ただ、その精度は日々上昇しているので、リハビリと思って、じたばたを繰り返すのは止めない。リハビリならトレーナーや医師の先生のフォローを受けられそうなのだが、それも無い。耳から聞こえてくる外界は、何か耳栓のような物で塞がれているように不鮮明だが、外国語のような言葉が飛び交っているのは分かる。


 英語ではない。全く聞いた事がある単語らしきものを感じない。中国語でもない、ロシア、フランス、ドイツ……。何となくイタリアとかが近いなと思いながら、今回も力尽きる。


 いつになったらもう少し稼働時間が延びるのか。寝たきりが長かったのか、意識を失っていた時間が長かったのか。よくは分からないけど、どうにか家に帰りたいな。そんな事を考えながら、ぽてりと意識を落とす。



 昼夜関係ない飽くなき飢餓感に苛まれ、日にちの感覚は失われた。瞼を通して感じる光を頼りに昼か灯りの下と考え、懸命に瞼に指示を送る。むむむむむと力を込めていると、どうにか下の方からうっすらと強い光が見えてくる。このまま頑張れば、そう思いながら渾身の力を振り絞り、徐々に瞼を持ち上げる。


 半眼辺りの段階で周囲を見渡してみるが、乱視が進んだ世界のようにぼやけて良く分からない。何となく大雑把な形や大きさという物は認識出来そうなので、首をくりくりと動かして周囲を確認する。


 その瞬間、大きな顔が迫ってきて驚きに目を見開いてしまう。固まる私と目前の顔らしきもの。数瞬、天使が通った後、何か奇声を上げながら目前の人影が移動していく。あぁ、瞼を開けたのは不味かったかと思って、目を瞑り疲労にくたりと身を委ねていると、ぐいと持ち上げられる。


 何事かと、先程体得した瞼を上げるを実行して周囲を確認すると、顔が沢山存在し、怯む。その感情が体全体に伝播し、口から発せられたのは嗚咽、そして下の口から発せられたのは尿と何かだった。

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