第18話 少しだけの不審
「こえなに!?」
「椅子」
お母さん方が座るベンチにてとてと近付き、指をさす。すると、フェリルがぱしぱしとベンチを叩き、ジェシが椅子の上でころころ転がる。
「いすー」
「いーすー!!」
箸が転がっても面白い世代の子のように嬉しそうに堪能すると、ばっと起き出し、ぶんぶんと手を振る。
「ちゅぎ!!」
わいわいがやがやと三人でやっていると、他の子供達も興味深そうに集まってくる。
「机」
「ちゅくえー!!」
わらわら。
「空」
「そあー!!」
わらわらわらわら。
幼児番組みたいになってぞろぞろと皆を引き連れていると、お母さん方がまた噂をしているのが分かる。村長さんの子は村長さんの子だみたいな話になると、父の子として鼻が高い。そんな感じで後半戦を費やし、夕方帰る前までに子供たち全員を単語を覚えるツアーに釣り上げた。
「不思議ねぇ……」
夕食の食卓には、遂にカルビみたいなお肉が乗っている。今までは刻まれていたが、今日は少し大きめのお肉で食べ応えがありそうだ。はむっと銜え、乳歯でもにゅもにゅと果敢に挑む。
「どうかしたのか?」
父の言葉に、母が頷く。
「この子、意味を覚えるのが早かったでしょ? でも、他の子は文字を知っていても、意味は知らなかったの」
「それはお父さんの血筋じゃないのか? 何度も言っているけど、偉大な方なのだから」
父が言うと、母が少し微笑み、嘆息を吐く。
「ありがとう。でも、違うの。これを見て」
ふぉぉと言う感じで、カルビに挑戦していると、じゃらりと机に木片が零れる。
「ティーダの玩具か……。ん? これは……太陽?」
「そう。作ってって言われたから作ったけど、私もこんな物を見た事が無いの。一歳の子供の時、自分が何をしていたか覚えている?」
「覚えてはいないが……。大方、泣いているか遊んでいるかだと思うが」
そこで母がもう一度嘆息。
「そうなのよ。個人差が有っても、そんな感じよ。でも、この子は違う」
もにゅもにゅと、つけダレの美味しさを噛み締め、こくんと飲み込む。ふぅぅ、最近幼児食ばかりだったので、久々の大人な味付けに集中してしまった。
ふと両親に見つめられているのに気付き、こくんと小首を傾げる。
「なーに?」
キラキラの瞳で聞くと、父が母に顔を戻す。
「考えすぎじゃないのか?」
「ティーダ、教えて頂戴。この玩具は、誰かに教わったの?」
その言葉にぷるぷる頭を振る。
「ままにおしえてもらったのを、もっとかんたんにした」
そう答えると、母がそっと抱きしめてくれる。
「まますごいから。でも、ほかのこはまだわからないから」
その言葉に、抱きしめる力がぎゅっと強まる。
「ふふ。何が何でも信じ抜かないといけない私が、何を言っているのかしら……」
「頭が良いなら良いじゃないか。将来が楽しみだ」
「そうね。この子が幸せになれるなら、何だって良い。少し疲れていたのかも知れないわ。やっぱり初めての子は大変ね」
そう言うと、頬と頬を合わせて、むにゅむにゅとしてくれた。
寝床の中でぱちりと目を開ける。晩春の空はややけぶるように月の光を曖昧なものにしながら、夜を照らしている。
少し……不審を煽ってしまったか。早急すぎるのは見えていたが、いつまでも足踏みばかりしていては前に進めない。識字率の向上は急務だろうし、自分自身が大人になった時、この年代の子供は身内として一緒に働く。一緒に成長してもらわなければならない。それに何より、父の仕事を楽にさせるには文官を育てなくてはならないだろう。だけど……。
「悲しい思いはさせたくない……な」
横で幸せそうに眠る母の頬を撫で、小さく、小さく呟いた。




