第16話 文字板から単語板への移行
結論としては、新しい授業を行う方向性で父の了解を得る事が出来た。
「端材とは言え、家の修復や、家具の修復に使う事が出来る大切な物だよ。子供の学習に使うと言う事は分かった。でも、そういう大切な物を使っていると言う事は忘れてはいけないよ」
そっと頭を撫でられながら父から諭された私は、昔の日本を思い出し、少しだけ感慨深い思いに浸る。子供の頃なんて、何もなかった。駄菓子屋でちょっとしたお菓子やおもちゃを買うくらいしか楽しい事は無かった。そんな中でも、ゴミ捨て場から資材を拾ってきて色々と作っては遊んでいた。この村はその余裕すらないのだなと改めて実感し、少しでも父母の助けになりたいなと思うようになった。
次の日、母がもう少し大きめの板を持ってきてくれたので、切断を頼んでみる。金属製の脇差くらいの長さの刀に鋸刃が付いている物で、器用に端材をカットしていく。もう一つおまけにと頼んでいた鉄筆モドキも貸してもらえる。本当は彫刻刀みたいな物が欲しかったのだが、まだ一歳ちょっとの人間が刃物を借りる事は無理だった。この鉄筆も石工の人が使っているのがちびたので、直すまでの間という話で借りている。急いで、形を整えた端材に母から習った単語を鉄筆で何度もなぞり、窪みを作っていく。ただ、まだまだ体力が足りないため、一文字窪ませては休憩みたいな状況で、じりじりと進むしかなかった。
日々子供達が増えるウェルシはもう自分で文字も書けるようになっているので、薄くなった木の文字を炭を借りては自分で書き直して、小さな子供達に教えている。ただ、私がこの作業に集中しているため、フェリルとジェシはご機嫌斜めなので、気晴らしに一緒に遊んであげる必要はあった。取り敢えず、今の流行は鬼ごっこだ。何というか、余裕がないというか、遊びも貧弱なので、単純なルールの遊びでも皆が夢中になる。二人に関しては、私に追いかけられたり、私を追いかけるのが好きなようなので、何とも言えない。集中攻撃を常に食らうのはちょっと辛い。
そんな感じで、数日かけて一枚が仕上がり、窪みに炭を塗りこんで、表面を磨くとくっきり単語が文字として見えるようになった。
「きえー」
後ろから覗き込んでいたフェリルとジェシがきゅっと私の両肩を掴みながら言う。こんな年齢でも女の子なのか、目をキラキラさせながら、完成品を見ている。
「なんてよむの?」
聞いてみると、少しだけ考え込む。ジェシがはっとした表情で声を上げる。
「いーちぇり」
「いみは?」
「いみ?」
文字の発音を並べて読めるけど、意味がまだ分からないのか、うんうんと唸っている。そこで、てくてくと庭の隅で飼っている鶏に近づき、指を指す。
「鶏」
「おぉぉ、いーちぇり」
イーチェリ、イーチェリと嬉しそうに騒ぎながら、二人が楽しそうに踊っている。すっと後ろに立った母が私の手に持った単語板を手に取って見つめる。
「分かりやすい……」
少しだけ不審げだったので、フォローしておく。
「ママがおしえてくれたから。でも、ほんものがわからないとおぼえられない」
訥々と語ると、ふむふむと母も頷く。
「大変そうだから手伝おうかしら?」
色々家の世話や訪問するお母さん方の対応に追われているのは知っていたが、今のままでは出来上がるのがいつになるか分からない。出来たらまた大人しくなるから、少しだけ手伝って欲しいという願いを込めながら、こくりと元気よく頷く。
「おねがいします」
そう告げると、母はうっとりするような笑みを浮かべて頭を撫でてくれた。




