第151話 ムラ社会
秋の乾いた風が草原の緑を揺らす中、剣を振る。
普通は木剣などで型の練習かなと思っていたが、いきなり本番の剣を使っての素振りだった。
「剣をどう振るかの練習のために型があるんだよ? 実践稽古の時は木剣を使って良いから。あれは動きを覚えるためのものだから」
横で父が見ているため、手抜きも出来ない。
五十センチはある青銅の棒と考えれば、重さは二キロ近い。
それを四歳児の体で振るうのだ。
数回も振れば体がかしぐし、数十回ともなればへばる。
はぁはぁと荒い息を吐きながら倒れ込む。
その度に父はじっとこちらを観察してくる。
私の体力が回復したなと判断したら、続きを促すだけだ。
父は基本的に精神的なものを鍛える時を別として精神論で稽古を実行しない。
体力が尽きれば休ませるし、回復すれば続けさせる。
無理はしないのだけど、いつまでこれが続くのか分からないのは辛い。
「まだ体が出来ていないから、これ以上は毒だね。何となくでも振り方が分かって来たでしょ? 慣れれば体の芯で振るようになるから。回数が増えるのはそれが理由だね」
嘔吐感に苛まれながら草むらに蹲っていると、父が告げる。
剣を振る練習なんて、生前もしたことが無い。
それでも、振る回数は日に日に増えているし、目に見えて振るのが楽にはなっている。
それでいて手抜きして楽をしようとすると怒られるので、正しい振り方というのが理解出来てきた。
今日は終わりという事で父が仕事のため執務拠点に向かうのを転がりながら眺める。
と、顔に影が落ちたと思うと、そっと布が手渡される。
「大丈夫?」
見るとヴェーチィーが差し出してくれたものだ。
私は声を出す元気も無く、頷き受け取ると顔を、頭を、胸元を拭う。
「あぁ、いきかえったの。しぬかとおもったの」
息が整うのに合わせて愚痴ってみると、家の陰からひょこっと三つ顔を出す。
「ふぉぉ……」
「しゅごいね……」
「格好良い……」
幼馴染ーズとアリゼシアが鈴生りでこちらを覗き込んでいるので、ちょいちょいと呼ぶ。
ててーっと走ってきた三人の頭をそっと撫でる。
「じゃませずがまんできたの。えらいの」
声をかけると、はにかんだように三人が微笑みを浮かべる。
フェリルとジェシの両親には将来の事と明示した上で、婚約の件は伝えた。
お母さん方はやっとかとほっとした表情だったが、お父さん方はちょっとやりきれない表情だった。
そりゃ四歳の段階で将来が決まるなんて、男親的には切ない限りだろう。
お父さんより私の方が大事かと娘に言いたいのをそっと我慢しているのが目に見える。
将来が決まったという事で、四人に関してはうちの家事のお手伝いを始めている。
本当は十五歳くらいまで実家の家事を経験し、婚約したら相手の家で改めてしきたりを学ぶらしい。
母がお母さん方と相談して、手がかからないようにうちで全員面倒を見るという風に話を持って行ったとの事だ。
ヴェーチィー一人を教えるのも複数教えるのも手間は一緒だし、フェリルの家もジェシの家も子沢山で大変だ。
少しでも苦労を分けようという風になったらしい。
「さみしくない?」
幼馴染ーズは朝食を実家で食べた後うちに来て夕食まで修行している。
今までは実家にいて遊んだりしていた時間も、うちで遊んでいる。
「ふぉ、たのしい!!」
「おいしいの!! おどろくのよ?」
あっけらかんとそう告げる二人に、ちょっと苦笑が零れる。
秋風に拭われるように汗が引き、今日も一日が始まる。
婚約者達がうちで母に教えを乞うている間、私は私の仕事を済ます。
収穫祭の際に磁器の試験的な販売を行ったのが噂となり、客が大挙して訪れているからだ。
王都では王家や名家を相手にしか商売を行っていなかった。
これは供給を絞り単価を上げるのも目的だったが、生産量という問題もあった。
窯の改良は進み、歩留まりも良くなっている。
どうも空気の流入が阻害されて温度変化が極端になっていたようで、煙道を調整して捨て間を拡張する事によってある程度解消された。
改修後の試験が完了し、本格的な二度目の焼成が始まろうとしている。
収穫祭の時には、試験品を販売した形だ。
正直、温度変化に慣れていない事と薪の投入が下手くそなため景色というには荒々しいものが出来上がってしまい、個人的には及第点という訳にはいかなかった。
それでも日常使いには問題無いと父に太鼓判を押されたため、廉価に販売した経緯がある。
そんな事情をいざ知らず、一攫千金を狙って流入してくる商売人の対応のため、兵の人はてんやわんやになっている。
宿らしい宿が無いため、基本的には執務拠点での滞在となる。
そのため、素性の把握は重要なのだ。
「あやしいの……」
そんな中でも明らかに怪しい人間というのは存在する。
素性はシロでも、ちょっと調べるとホコリが出るケースと言うのはある。
それに長い間閉鎖的なムラ社会を続けていた村民に誤魔化しと言うのは通用しがたい。
私が危ぶむまでも無く、アタリを付けていた人間が村を出る時には剣が使える村の人が着いていった。
「どうするの?」
私が父に聞くと、んーっとごまかすように首を傾げながら。
「お話かな?」
と答えられた。
尋問なのか拷問なのか、詳細はまだ知る必要が無いのだろうが、こうやって村の平和は守られるのだなと改めて感じた。
冬も間近に近づき、工房街で待機している兵の人からも人員縮小を相談されている中、第二回の焼成が始まる。
これが終われば窯と倉庫の警備だけで済むようになる。
冬の間は村でろくろを回し続ければ良いだけだ。
今年の仕事の総仕上げとばかりに見習の人達には大量の作品を作ってもらった。
今回は試験の時に試した銅系の釉薬も含まれている。
鉛が含まれていない物を厳選したため、試験に使うのも少数で割れたらどうしようと思ったのは内緒だ。
ちなみに織部釉に近い、黄色から緑へのコントラストが出る釉薬だと分かった。
これで緑の部分が多ければ、王孫用の作品として使えるだろう。
早めに王様からの宿題は完了したい。
そんな事を考えながら、火口に火種を投入した。
舐めるように燃え盛る火はあっという間に炎と化し、粘性すら感じさせるようにちりちりと見つめるものを焙りながら盛っていく。
さぁ、どんな作品が生まれるのか。
わくわくする胸を抑えながら、都合六日の作業の始まりは窯に流入する空気が織りなす笛のような音がぴゅーるりと告げた。




