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第149話 収穫祭

 きらきらで胡散臭いおっさんの祝詞が広場に響く。

 今年も私は輿でえっちらおっちら練り歩かされ、運ばれた。

 と言うか、今年に至っては女装までさせられた。

 四歳になったという事で、母に似た顔はますます母に近づいている。

 という訳で、地母神扱いのマギーラ様再誕みたいな儀式の神輿に担がれた。

 小学生から中学生くらいの男の子がこっちをみて、ほわぁぁみたいな顔をしていたがあまりの怖気に二度と忘れられないような気がする。


 厳かな雰囲気の中、煌びやかな衣装をまとったヴェーダが祭壇の上に大仰な礼で私を迎える。

 てとてとと階段を昇り、ごてごてした椅子に座ると中断していた祝詞が再び唱和される。

 マギーラを星辰の神々を崇め敬い、そして今年の収穫の感謝を述べるとふわりとした余韻を残し、沈黙が落ちる。


「では、祭りを始める!!」


 父の号令と共に、爆発するような叫びが村中に広がった。


 収穫に関しては例年より若干増な感じだった。

 森や林から持ち込んだ土に骨灰を混ぜた堆肥の影響は若干ながら出ているらしく、例年であれば連作障害を起こす段階の畑でも例年並みが維持出来ている。

 今年は雨が少なく、周囲では旱魃気味だったようだけど水車に揚水装置を取り付けて難を凌いだのが良かったのだろう。

 結果として、災害にも関わらず例年並みかそれ以上の収穫があったのは喜ばしい。


 しかし、今年はとにかく参加人数が多い。

 周辺の村や遊牧民が偶々収穫祭の時期に訪れてそのまま参加するというのは例年よくある事だ。

 そうやって新しい血族を取り込んだりする風習もある。

 ただ、今年に関しては……。


「祝いの酒だ!! きついぞ? きぃつけろ!!」


「これが強酒(こわざけ)か!! くぅぅ、きちぃ!!」


 酒を目当てにするもの。


「うわぁぁ……。この布、綺麗」


「おいおいそんな上等な布高いんじゃ……安いな……」


 布を目当てにするもの。


「ねぇねぇ、このお皿素敵じゃない?」


「素敵って……。玉じゃないのか、これ」


 器を目当てにするもの。


 最近の開発ラッシュの噂が広がったのか、結構な遠方からのお客様も多い。

 基本は飲めや歌えの大騒ぎなのだが、今年は出店みたいな形で兵の人にも協力してもらっている。

 後でお酒を持っていかないと。


 祭りが始まった途端、ててーっと走り込んできた幼馴染ーズにアリゼシアが掴まり、そのままぴゅーっと連れていかれた。

 話を聞くと、祭りというものに参加した事が無かったらしく、それを聞いていた幼馴染ーズが画策していたらしい。

 今年は既にお手伝いをしているので、少ないながらも収入がある。

 きっと祭りで使うために、貯めていたのだろう。

 早速皆で買い食いを始めている。


「参加しないの?」


 井戸で化粧を落としていると、ヴェーチィーがいつの間にか背後に立っていた。


「このままでさんかはしたくないの」


 油で化粧を浮かし、雑木灰でもろもろと落としていく。

 アルカリで肌が負けないように、柑橘類の皮で拭って仕舞だ。

 爽やかな香りにほっと一息。


「似合っていたのに……」


「っぶ……」


 ヴェーチィーの一言に噴き出してしまう。


「ヴェーチィーはさそわれていないの?」


 去年の御断り戦争にめげずに今年もヴェーチィーを誘おうとする剛の者は多数存在するのを知っている。


「断った」


 ちょっと嫌そうなヴェーチィーの表情と短い言葉に、今年もあえなく撃沈かと嘆息してしまう。

 兵の人とは結構フランクに付き合っているようなのだけど、プライベートな誘いには断固としてノーと答えているヴェーチィー。


「じゃあ、いっしょにまわる?」


 私が水をあけてみると、こくんと頷きが返る。

 という訳で、てくてくと祭り見物に参加する事になった。


「ホランダのところが、瓜をこんなにも提供してくれたぜ!!」


「すげえな!!」


「流石男気が溢れるねぇ」


「なんの、儂だって!!」


「おぉぉ、ジレンダの爺さんが羊を提供してくれるってよ!!」


「うぉぉ、丸焼きだぁ!!」


 酒を飲んだおっさん達が酒宴の陽気さに盛り上がり、バカ騒ぎを繰り広げている。

 そこここで竈が設けられ、様々な料理が提供されて、祭りを盛り上げている最中だ。


「ひつじって。たべる?」


「うん」


 蒸した麦を焼き飯のように調理し、最後に餡をかけた餡かけ炒飯のようなものを頬張りながら、直火にかけられる羊を二人で眺める。

 遠くでは、フェリルとジェシとアリゼシアが三人で姉妹のように、木工細工のアクセサリーを吟味しているのが見えて微笑ましい。


「なにかあったの?」


 どこか遠くを眺めているかのようなヴェーチィーに声をかける。

 祭りが近づいた辺りからだろうか。

 少し様子がおかしかった。


「考えていたの」


「なにを?」


「お父様の言葉」


 王様が別れの際に何を伝えたのかは知らない。

 それでも真剣に考える事なんだなと、焼けた羊を受け取り、ヴェーチィーに差し出す。

 二人ではむはむとあばらの身を楽しみ、立ち上がる。

 どちらからでもなく、てちてちと高台にある家に向かう。


 玄関の前からは村の喧騒が一望出来る。

 ここまでは、酔客といえど入ってはこない。

 父も母も祭りを楽しんでいるのか、家はしんとしている。

 静かな家の前に二人で座り、ヴェーチィーが言葉を紡ぐのを待つ。

 暫く、遠い喧騒だけが響く中、沈黙の時間が続いたが、そっとヴェーチィーが口を開く。


「自由になりなさいって」


「おうじょさまに? むせきにんなの?」


 ヴェーチィーの言葉に、眉根を寄せてしまった。

 普通の人間ならさておき、王家の人間に自由も何も無い。

 なまじ選択肢があったのなら、儘ならない分絶望が大きくなるだけだ。

 ちょっと憤慨しながら言葉を続けようと思うと、ヴェーチィーが頬を染めて首を振った。


「違うの、結婚相手。誰でも、好きな人を連れてきなさいって」


 ふむぅ……。それならまだ納得がいくか……。

 国王が王女を政治の道具として、婚姻外交に利用しないのなら結婚相手は自由だ。

 相手に多大な責任が行くが、それは相手が支える問題だ。


「だれかいたの?」


 私が問うと、首をふるふると振るう。


「村の子では無理」


「なの」


 再び落ちた沈黙に、二人でぼーっと混沌を眺める。


「あのね」


 意を決したように、ヴェーチィーが言葉を紡ぐ。


「うん」


「ティーダだったら大丈夫」


「うん?」


 首を傾げてしまった。


「色々頑張っているし、村で過ごせるから。ティーダなら良いよ」


 じっと見つめるヴェーチィーに何と答えるか、迷ってしまう。

 精神年齢はさておき、村での生活では姉のように慕っている感じだった。

 王様の思惑に乗るのも面白くない。

 と言うか、この展開を読んでいたのだろう。

 かと言って、ヴェーチィーの純真を否定したい訳では無い。

 きちんと付き合えば、頑張り屋さんで良い子なのだ。

 どうしようかなと刹那迷っていると、ヴェーチィーが口を開く。


「あの子達も一緒で大丈夫。楽しそう」


 そう告げる先には、屋台で嬉しそうに三人並んで何かを頬張っている幼馴染ーズとアリゼシアが見える。


「いそがしいよ?」


 私もそうだが、あの三人も一緒になるとなれば、どんな家庭生活になるか分からない。


「それも含めて」


 楽しそうか……。

 王都での生活で足りなかった部分が補完されるのなら喜ばしい。

 それに精神年齢のずれはどこまでも付きまとうだろう。

 そう考えていると、すとんと胸に落ちた。


「ん。よろしくなの」


 少しだけ挙動不審気味な返事になったのはご愛敬。

 じーっと見つめていたヴェーチィーの表情が綻ぶ。


「嬉しくないの?」


「ちょっととまどっているの。おねえちゃんとおもってたから」


 私が告げると、そっとヴェーチィーが抱きしめてくれる。


「ん。ずっと一緒にいてあげる」


 その言葉に、ほぅっと息を吐いてしまう。

 あぁ、幸せな家族を作る。

 それが目的だった。

 その第一歩が、今なのだなと。

 改めて理解した。


「しあわせになるの」


 私の言葉に。


「うん」


 ヴェーチィーが答えた。

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