第147話 柿茶
現地に到着すると、横から見ると茶色のかまぼこが三つ連なった、連房が見える。
取りあえず通焔孔の具合の確認と焚口から煙出しまでの温度管理の運用実績を積むための試験窯になる。
村の人達の推薦で外部からやって来た陶芸家の卵が四人。
そこに私を足しても五人しかいない。
房の中を焼く物で満たすにも結構な労力がかかる。
今後、要員が追加されるまでは、この規模で十分すぎるだろうと考えた。
何度かの運用試験で焚口から各連房を通り煙出しまで熱が通るのは確認出来た。
各房の小口から薪を投入し、温度を管理出来るのも確認出来た。
最終的に実際の器と言う異物を入れて、対流がどうなるのか。
温度管理に問題は出ないのかの確認を行う。
このために作り置いた素焼きの器を石棚に並べていく。
釉薬はこの日のために、今までの調合をまとめたものを模倣した。
窯によって色の着き方にばらつきが出るのかの試験も兼ねている。
陶芸家の卵達と一緒に房に器を並べる。
最初の焙り作業で焚口に薪をくべてゆっくりと温度を上げつつ、窯と器に残った水分を完全に飛ばしていく。
太陽がある程度動くほど待ってから、本日の作業は終了となる。
次の日からは本焙りとして、一日程かけてゆっくりと窯の温度を上げていく。
焚口から流入した熱が石棚の左右に滞留せずに登っているかを覗き穴から見える器の色で確認しながら、薪をくべ続ける。
途中からは火勢の維持手順を伝えた陶芸家の卵達に任せて、ローテーションを組みながら温度を維持する。
「このいろなの」
器が白っぽい黄色に輝くさまを皆に見せて、覚えてもらう。
この状態を各房で維持するために、焚口だけでは無く小口も使って薪を投入していく。
今回は偶々なのか炎の維持が容易であり、一時間程同じような輝きが続いたので、徐々に冷ましていく。
この際も、急速な温度変化は割れの原因になるため、薪の投入は欠かせないに常に見張る必要がある。
延々とローテーションを続け、三日半程が経った段階で、房の封印を解く。
夏にはまだ早い気温より高い熱風が封印から解き放たれ、噴出する。
サウナに比べたらまだましだなと乾いた空気を浴びていると、四人が怖気づいてしまう。
「焼けてしまうのでは」
「さっきまで薪をくべてたんだ。竈みたいなものだろ」
そんな四人のお尻を蹴って、次々と窯の中を確認させる。
元々試験用のため、各房の大きさはそんなに大きくない。
二房で石棚を並べてしまえば、茶碗サイズで五百点くらいしか置く事は出来ない。
それでも、まだほのかに温かさを残した器を暗がりの中で手にした瞬間は、感慨深いものを感じた。
皆で作ったものをせっせと取り出して小屋に並べていく。
必死で作業をしている時は何も感じなかったが、並べ終わって窓を開けた瞬間、皆の溜息が漏れた。
発色は明らかに変わっている。
より明るい色合いに変わったのは、高温の維持が出来たため白みが強くなったからだろう。
それに、手製の簡易窯に比べて灰の降りの影響が比較的穏やかなせいか、器に浮かぶ景色はかなり様変わりしている。
結果として、ビビッドなカラーリングになった感じだろうか。
これはこれで味があって面白いなと、くりんくりん回しながら確認していると、四人も恐々と器を持ち上げる。
「これが俺たちの?」
「こねて、回したんだよな」
「えらい、奇麗になって……」
「すげえな、おいっ」
四人に関しては、半年延々ろくろを引いてもらった。
飽きようがダレようがお構いなしに、作品を作らせる。
流石に一人で数百も作りたくなかったのもあるし、経験に勝る上達は無いと思っているからだ。
結局、兵の人に頼んでいた粘土の山はさくっと消えた。
今が水車の利用繁忙期と重なってなくて良かった。
釉薬用に延々と水車を占拠していたので、時期が時期なら村の人に怒られていた。
そんな中、一つ。
簡易窯ではくすんでしまい、美しく発色しなかった器が結果的に柿茶色に染まっていた。
要件的にもう少し茶色が求められているのだろうけど、あまりに時間がかかるのも問題だ。
王妃様の色にも近いという事で、父に調整してもらおうと取り上げる。
それに今回割れずに焼きあがった二百弱の器を処理しなければならない。
村で使ってもらうものもあるし、そろそろ外部に出さなければならない。
「これは、おうさまにけんじょうするの」
私の一言がまた四人に恐慌状態をもたらしたのは、考えるまでも無かった。




