第146話 泳ぎ方
てちてちと歩いてきたラーシーが水皿の水を美味しそうに飲む。
真ん中に足型が付いているのは自分のものだと理解しているのか、お腹が空くとその皿を鼻面で蹴って催促する。
昔の土器の皿の時は、硬いザラザラした表面が好きでは無かったのか、今の陶器に変わってからは良く水を飲むようになった。
「洗い物が楽になったわね。後、色が違うのが華やかで良いわ。料理をするのも楽しいし」
母に陶器の感想を聞いてみたが、評判は上々だ。
一緒に手伝いをしているヴェーチィーも同じように頷いている。
アリゼシアはまだちょっと竈番は早いので、きょとんとしたままだ。
国王に渡すべく茶色の色彩を求めて日々試作を重ねている。
その過程で出る要件に足りない物は家で利用となった。
この世界の洗い物は水に浸けて木の皮で洗う感じだ。
油汚れが酷い場合は、竈の灰を使う。
つるつるな表面は洗い物の対象としては楽なようだ。
それに食卓の彩は明らかに変わった。
季節的に食材の彩りが鮮やかになる季節だが、食器が色付いたお陰でより美味しそうに見えるようになった。
もう四年も彩の無い食卓に慣れていたからか、思った以上に衝撃的だった。
「でも、割らないかなと思うと怖いわ」
ヴェーチィーが王都での陶器の評判を伝えると、心配したかのように動悸を押さえている。
アリゼシアも食卓に運ぶのを手伝っているので、同じようにドキドキしているようだ。
「がんばればつくることができるから、だいじょうぶ」
使っているのは失敗作だと伝え、王都に持っていく事は無いと伝えると安心していたが。
ただ、赤の発色のテストに使っているものもあり、王妃殿下に献上した物以上の真紅を出せた皿もある。
それは、サラダ用の取り皿として活用している。
野菜の緑が映えて美しい。
王妃殿下には贈る物を贈ったし、取り敢えず王様の分が出来上がるまでは問題無いだろうと考えている。
黄色を司る釉薬が不足していて、赤茶辺りまでしか出ないのが問題だ。
まぁ、王家もそんなに早く結果を出すとは思っていないだろうし、お偉方も王様より早く手に入るとは思っていないだろう。
気長に探すかと、考える。
今は、美味しい料理に陶器で乾杯だ。
縄張りさえ済んでしまえば、人員増と建築資材の取得だけとなる。
王都の兵員の異動に関しても、王家が仲介してくれたおかげで円満解決となった。
同じく資材に関しても態々伐採して乾燥する時間をかけるより買ってくれと王家より言われたので王都から格安で提供を受ける。
人員と資材の両者が揃った段階で建物の出来上がりは目に見える。
長屋と同じく、プレハブ工法が使えるからだ。
村で熊おっさんが主導で番号付きの建築資材に加工していく。
後はセーファが率いる兵の人達が慣れた手つきで設計図通りに縄張りの上に建物を建てていけば完成だ。
では増員した人達はというと。
父が率いて、再教育の時間だ。
教育が完了したら、工房街の護衛としての任務に就く。
また建築完了までの間、村の護衛役にもなってもらう。
建物が出来れば、最後に窯の試行錯誤が始まる。
私の出番はここからだ。
兵の増員や物資の輸送が完了するまでにはそれなりの時間がかかる。
その間は四歳らしい生活を送っている。
かと言っても、酒が送られて来れば蒸留の工程の指揮はするし。
試作の陶器は作らないといけない。
ばたばたと忙しい中、時は巡る。
春も過ぎ、徐々に大気は熱を帯び、夏の気配を迎えた。
今年もてちてちと川に向かって、幼児が進む。
ちなみに、四歳を超えても保育園代わりの家の庭に来ても問題無い。
まだまだ私も幼馴染ーズも参加している。
ただ、四歳を超えると友達が仕事の手伝いでいない事が増える。
それに六歳を迎える頃になると、手伝いで手一杯になってしまって来る機会も無くなる。
なので、五歳から六歳になると、卒園という感じなのだ。
今年もおしめやドロワースを履いたピンクの子豚がぱしゃぱしゃとバタ足を披露する。
私は幼馴染ーズや他の年長さんに泳ぎを教える係となった。
古式泳法みたいな泳ぎ方だったので、クロールと平泳ぎをマスターしてもらうためだ。
泳げないより泳げる方が良いだろう。
「ふぉ、ふしぎなうごき」
「ままとちがうの」
クロールは何となくすぐに納得してくれたのに、平泳ぎは足を開くのに抵抗があるようだ。
その辺りを宥めすかし、教えるのは大変だった。
そこらでゲコゲコ鳴いているカエルを参考にすればよかったと思ったのは、後の祭りだった。
そんな夏を満喫していると、試作第一段階の登り窯が仕上がったと連絡を受けた。




