第144話 大蛇の血
家に帰って、父に抗議してみた。
「ふぉ。ちかくのかわのそこにあかいいしがたまっていたの!! なぜはやくおしえてくれないの?」
それに父が答えて曰く。
「それは重要なものなのか?」
脱力である。
知識のある自分にとっては宝の山であるのだが、父にとっては当たり前の景色だ。
勿論父だって、母のお父さんに初めて連れられて行った時には川の底に赤い石が溜まっていて不思議に思ったようだったが。
村からそう離れていない場所だし、川の水が毒に汚染されている訳でもない。
いつしか気にしなくなっていたそうだし、村の住民の大半はそうだ。
何となく父に鉄に関して説明した気になっていたが、赤褐色の小石一つを見せて、思わせぶりな言動をしていただけである。
そりゃ、そんな訳の分からない事を汲んで教えてくれと言っても無駄だろう。
反省しきりだ。
数日経って、ヴェーチーの機嫌が直ってから再度周辺の探索に向かう。
あれだけの赤鉄鉱石が川に流出しているという事は、目に見える範囲に露出した鉄鉱床が確実に眠っている。
古事記に記載された八岐大蛇と同じく、粘土化した鉄鉱石の川底があるという事は、大蛇の血が眠っているのは確実だ。
川の赤に沿って遡上していけば見つかるはずだと、意気揚々とベティアを駆る。
結論としては、そこから馬で十分程度も進んだところにある大きめの丘と言うか、山がそうだった。
川縁に切り立った崖が聳えており、そこには縞状鉄鉱層が美しい横縞を描いていた。
縞状鉄鉱層が生成される理由としては、地球の歴史でいえば先カンブリア紀の生命爆発の影響だ。
植物という生命の誕生に伴い光合成の影響で酸素が発生し、無酸素状態の海に溶けていた鉄イオンがその酸素と結合し酸化鉄となって堆積したのが由来となる。
この世界が地球と同じ歴史を歩んだのかは分からない。
それでも、有酸素生物が存在する環境というのは似通った経緯を辿るのだなと感心してしまった。
そして、もう一つ。
私は、縞状鉄鉱層の発見に歓喜の念を覚えてしまった。
というのも、この層が発見されたという事は、周辺に同じ層が延々と連なっている可能性が非常に高い。
多少の隆起や陥没があろうとも、掘れば確実に鉄が出てくる。
現在の地球においても、鉄鉱石の採掘と言えば、縞状鉄鉱層が大半だ。
よじよじと緩やかな斜面を登り崖を間近に見てみると、黒と茶、赤のコントラストが美しい縞模様が数十メートルという単位で堆積している。
この丘だけでも莫大量の鉄鉱石が眠っているのは確実だし、周辺を探せば幾らでも掘れるだろう。
歓喜のあまり再度ヴェーチーを持ち上げてくるくるしようとしたら、拒否された。
寂しい。
しょうがないので、一人でくるくる回ってしまった。
「凄く嬉しそう。でも、何故? 不思議な地形があっただけ」
素面のヴェーチーに聞かれて、そりゃそうかと落ち着く。
歴史上、金属器は重要な役割を持つ。
当初は精製技術というより、温度管理の部分がネックになり錫や銅など比較的融点が低く、取り扱いやすい金属による文明が栄えた。
実際、現状は青銅器文明のどこかと言うべき時代なのだろう。
ただ、錫も銅もある種希少鉱物のため、大量生産が効かない。
家で青銅の物といえば、刃物と調理器具、釘、それに蹄鉄くらいだ。
その点、鉄は違う。
赤い血が流れる時点、タラが住む海があると知った時点で豊富な鉄の存在はほぼ確信していた。
温度管理と高温の制御さえ出来れば、鉄は大量に生産が可能なのだ。
現在は量的な問題で我慢している、もしくは考えられてもいないようなあれこれが、鉄という手段を取り入れる事で可能になる。
ただ一点気になるのは……。
「どうしたの? 急に青い顔をして」
如実に顔色が変わったのが分かったのだろう。
鉄の大量生産は、そのまま武器の大量生産と置き換えても良いだろう。
貴重な青銅を奉りながら大事に武器として使っている相手に、廉価に大量生産される鉄で挑む。
武器の量が圧倒的な戦力の差になるのは間違い無い。
そんな事を考えていると、背後からきゅっと抱きしめられる。
「何か心配? 大丈夫。ディーもティンも私もいるよ?」
事情が分かっていないながらも、何か察したのかヴェーチーが言葉を紡ぐ。
「分からない事、怖い事があったら言うの。相談するのはとっても重要」
自分自身がそう出来なかった故か、ヴェーチーはこういうところが細かい。
それを聞いて、私も脱力する。
どうせ青銅の時代は駆逐され、鉄の時代は訪れる。
それを他人が進めようが、私が進めようがこの世界からしてみれば些細な事だろう。
「だいじょうぶ。きちんととうさまとそうだんするの」
そうと決めれば、さくっと色々進めたい。
工房街もそうだし、耐熱煉瓦も高炉もそうだ。
まだまだ相談して、予算を計上しなければいけない事は多々とある。
「ふぉ!! みつけるべきものはみつけたの!! もどるの!!」
私が意気軒昂に叫ぶと、ヴェーチーや護衛の兵の人達の合いの手が山に木霊した。




