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第140話 禁色

「これは……。宝石か?」


 執務室の窓から入る陽光に照らされ、緋に入った貫入がきらきらと輝きを発している。

 釉薬に混ぜた材質が上手く嵌まったのか、冷却時にずれを生じて、美しい釉のひび模様が入った。

 ただ、窯の温度管理が拙いのと小さな窯でふいごを吹かし続けていたため、不純物がランダムに表面へ乗って黒っぽい星が散りばめられてしまっている。

 個人的には面白いと思うのだけど、宝石みたいな不純物が無いものを想定されると、ちょっとまずいかもしれない。

 そんな事を考えていると、固まっていた父が動き出し、そっと器に手を伸ばす。


「この手触り。滑らかなのに温かい……。ひびに関して、どうやって入ったのか……」


 うわ言のように漏らしながら裏返した途端、ぴくっと眉根が動く。

 高台の部分の土器様を見て、それが紛れもなく土器だというのを認識したようだ。


「これは、器ではあるけど、私が知っている器とは違う。手触りからもだ」


 今までの器に関しては自然釉の土器と言っても、温度が低い。

 釉がガラス化を起こすところまで温度を上げて維持している訳では無いので、手触りから違うだろう。


「そういうせいぶんをつけたのと、おんどをたかくしたの」


 私は父に詳細を説明する。

 黙って聞いていた父だが、ほぼ一日ふいごを踏んでいたという話を聞いて頭を抱えてしまった。


「それは……辛いな。量産は難しいか……」


 若干落胆したような瞳をしていたので、ふるふると首を振る。


「これはしけんひんなの。かまをきちんとつくれば、らくなの」


 ろう石のある丘の辺りに登り窯を設営して、陶器を焼きながら耐火煉瓦も並行して量産する。

 そうすれば、将来的には高炉へのステップアップ、そして鉄器の導入と進められる。

 そんな未来を夢想していると、はっと気づいたように父が呟く。


「そこに繋がるのか……」


 父が私の計画書を手にぺしぺしと表紙を叩くのに、こくりと頷きを返す。


「ひんしつかんりができるようになれば、おなじようなものがたくさんつくれるの」


 高品質な物を量産出来れば、十分資金源になるだろう。

 土由来の、言ってしまえばどこにでもあるものが価値になるのだ。

 燃料の問題はあるけど、それは王都から輸送されてくる薪をちょろまかして炭にしてしまえばいい。

 王都もどこかの開拓地から薪を確保しているのだ。

 流用させてもらえばいいと割り切る。


「同じ物……。ティーダ、これをどうするか考えているのか?」


 どうと言われても、家族で使う用にしか考えていなかったので、素直に答える。

 すると、父が頭が痛いというような顔を浮かべたので、何か間違ったかと首を傾げる。


「ティーダ……。王色を忘れたのかい?」


 そう言われて、王色、王色と考えて、はっと思い出す。

 そうだ、禁色があった!!


「ふぇ? あかはおうひさまのいろだけど、ひいろだよ?」


 これは違うんですと、必死に伝えるが、父の首が振られる。


「緋色と言うには暗いが故に、赤に近い。血を司る女性の色についてはより近いからね」


 そう言われて、旗の色の方が意図を再現出来ていなかったというのが理解出来た。

 王の色は大地の色、茶色に近いうこん色。

 王孫の色は大地を除く水辺の色、緑に近い水色。

 そして、王妃の色は経血と系統の色、血液に近い濃赤に近い紅色。

 改めて言われると、理解が出来た。


「ふぇ……。じゃあこれは?」


 私がすがるように聞くと、苦笑を浮かべながらこくりと頷かれる。


「想像通りだね。献上した後なら、使っても問題無いと思うけど」


 そう言われて、足の筋肉痛が思い出したかのように疼き始める。

 一日ふいごを踏んでいたのに殺生なと項垂れていると、他の皿の確認も進められる。


「微妙に色合いが違うんだね」


「せいぶんのはいごうをびみょうにかえたの。いろのだしかたもかえられうようにするの」


 ふむふむと頷いていた父が、最後の皿で再び固まる。


「この、ファニュの足跡みたいなのはなんだい?」


 ラーシー用の水飲み皿を怪訝な表情で見つめる父に伝える。


「それは、ラーシーようなの。かぞくだから」


 そう伝えると、再度苦笑を浮かべ、それだけが別にされる。


「王妃殿下にお渡しするにはちょっとまずそうだから。これはそのまま使ってもいいよ」


 という訳で、初期作品は王への献上品になる事が確定した。

 私はもみもみと筋肉痛を訴える足を揉みながら、緋が走った水飲み皿で美味しそうに水を飲んでいるラーシーを恨めし気に見つめるしかなかった。

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