第139話 緋の輝き
取りあえず計画書は提出したけど、運転資金の余剰が現在少なめなので後回しとされた。
解せぬ。
まぁ、火熨斗の生産に使う銅と錫が必要なので王都より取り寄せているのが理由となる。
というわけで、販売が回り始めたら回復するだろう。
気を取り直して隗より始めよという事で、小さなお手製の窯で釉薬の研究を先行させる。
川の中には鉄鉱石がころころしているので、少し石をどけると黄色がかった水打ちは見つかる。
まだ春を迎えて間もない中、兵の人と一緒に唇を青くしながら掘っては探しして量は確保出来た。
ちなみに、賄賂と言うかお駄賃は炭で渡したので帰ってからぬくぬくしているのだろうと思う。
早速各家庭の竈から藁灰釉用の土灰をかき集め、麦殻を焼いて藁灰を確保する。
長石は火山性の山が近場にあったのか、花崗岩がそこら中に存在するので簡単に手に入った。
私は取りあえず作った水平計を土産に熊おっさんのところを訪問し、ろくろを発注する。
最近は虎おっさんのところに入り浸っていたので、暇そうにしていたのだが顔を見た瞬間またかという顔をするのはいただけない。
「こんなのをつくってほしいの」
「えらい小さいな。横にした車輪みてぇだな」
「すいへいにまわるのがじゅうようなの。これをつかってほしいの」
原理と動作を説明し、開発が終わるまでの間にと粘土を探す。
くわでげしげしと庭の隅を掘っていたら、子供達が集まってじーっと眺めている。
何か嫌な予感がしたが、放っておいておやつを食べに行ってしまった。
案の定戻ってきたら井戸から水を持ってきた子がいたのか、泥遊びの現場になっていて力無く崩れ落ちてしまった。
流石、風の子。
バイタリティが高い。
後、まだまだ寒いのに泥遊びが出来るのが凄い。
何気なくアリゼシアも混じってどろどろになっていたので、怒るに怒れなかった。
ちなみに、アリゼシアにとっては現在の気温は暖かい方という話なので風邪の心配はしていない。
これに懲りた私は、兵の人に頼んで粘土の確保を行う。
またお駄賃を渡すつもりだったのだが、セーファから訓練になるという話が出たので、猫車でうんしょうんしょと運んでもらう。
気付くと、庭の隅に小山が出来ていたので満足だ。
乾燥しないように土で覆うところまでやってくれていたので大変だったと思う。
うららかな晴れの日に、庭に板を敷いて、粘土の成形を開始する。
状態を見ようと口に含むと、金気を感じないとろりとしたまろやかな良い粘土だったので、そのまま荒練りを行う。
体重をかけて練っていくと、水気を帯びた灰色がやや黒ずみながら綺麗に混じり合う。
そのままろくろ用に菊練りをしていると、再び人の気配を感じる。
そぉっと振り向き様子を窺うと、子供達がこちらの様子を見て、小山から粘土を持ってきて集合し始めた。
「ふぉ、どろあそびなの」
「なにつくるの?」
「ぼく、ふぁにゅにする」
「おうまさーん」
気付けば、青空子供粘土教室の状況を呈していた。
私はまぁそうなるだろうなと諦め、一心不乱に自分の作業を進める。
周囲は姦しく、創造作業に勤しむ。
汗だくになって痺れた腕を揉む頃には、珍妙なオブジェ達が大量に爆誕していたのは言うまでもない。
ちなみに、人型のはマギーラ様だそうだ。
何気に数が一番多かった。
ベベレジアの宗教も共通項が多いので、アリゼシアもマギーラ様を作っていた。
それなりに人の形に見えるものを作っていたので、芸術的センスがあるのだろう。
この内のいくつかは、家の軒下に飾られるんだろうなと、ふんすっと誇らしげに自分の作品を持ち帰る子供達を見送った。
菊練りが終わった粘土を早速出来上がったろくろで成形する。
足踏み式の石の重さで回すろくろだが、思った以上によく出来ていて、水車作りのノウハウはここにも生かされるのだなと驚いた。
取りあえず、家族分の平皿を作り、一つはラーシーの足型を押しておく。
これはラーシー用の水飲み皿にする予定だ。
ゆっくりと日陰で乾燥させている間、いたずらから守るのは至難だった。
特に子供はともかく、興味を持った母をはじめお母さん方が品評をしてやろうと近づいてくるのを威嚇するのは大変だった。
出来上がったら見せるからって何度言ったかは分からない。
で、並行して成型しておいた日干し煉瓦を積んで、焚火で素焼きにする。
黒い煤が何とも味のある自然釉薬の出方をした弥生土器が生まれる。
ここまでが準備だ。
水車小屋の石臼で細かく破砕した長石を土灰、藁灰そして水打ちと混ぜ釉薬に仕上げる。
配合量はメモしておき、近い色が出せるようにしておく。
器ごとに配合量を変えて、発色の変化を確認するためだ。
後は弥生土器の高台を綺麗に削り、釉薬に浸ける。
日干し煉瓦で作った簡易窯に革製のふいごを装着し、準備完了。
根気よくゆっくりと空気を送り込み、高温を維持したまま本焼きを開始する。
適度にヴェーチィーや兵の人と交代しつつ、朝から晩までふいごを踏み続けた。
ゆっくりと熱を取った窯を開いたのは、次の日の朝だった。
わくわくと興味津々なヴェーチィーと何が起こっているのか分からないアリゼシアや幼馴染ーズをはじめとした子供達が見守る中、窯を開ける。
日の光が入った瞬間感じたのは緋の色だった。
鉄が多く含まれている配合のはずなので、もっと黒ずんだ赤になるかなと思ったが印象と違った。
日を反射し、血とも丹ともつかない赤を感じさせる光を帯びた輝きを感じながら、取り出した器は暗い緋色に照り輝いていた。
「ふぉぉ、きれい……」
「つやつやしちぇるの……」
圧倒された子供がぽかんと口を開けている間に、割れ物を回収し、早速執務拠点に向かう。
「こんなうつわなの」
私がそっと差し出した緋皿を見た瞬間、父が口を開けたまま固まってしまった。




