第138話 白い輝き
今日も今日とて、お馬の稽古。
開発が忙しい間は練習程度しか走っていなかったので、ベティアも水を得た魚のように嬉しそうだ。
耳をきりっと立ち上げて、疾駆する。
最近ヴェーチィーがある程度狩りが出来るという事で、遠出と言うほどでは無いが小一時間程度の距離であれば遊んできても良いという事になった。
現在は稽古兼村の周囲の偵察という感じだろうか。
村の南は大河が横たわっており、その東西の川沿いに豊かな森林地帯が形成されている。
北にしばらく行くと草原地帯に変わり、平原がどこまでも続く。
最近は東西に足を延ばして資源が無いかの探索を行っている感じだ。
王都のある東は往来が多いという事で後回しにして、西を主に探索していたがめぼしいものは見つからなかった。
心機一転、東側を探索するというのが今日の課題だ。
「そろそろ太陽が傾いたよ?」
疾駆している馬体の上でも良く通る涼やかな声がヴェーチィーより響く。
目立つように大きく手を振って、駈歩から速歩そして常歩へと移る。
「そろそろもどらないとだめ?」
中々捗らない探索行に若干じれていた私は上目遣いにきらきらした純真無垢な瞳でヴェーチィーにお願いしてみる。
「駄目」
だが、母からきつく言われているヴェーチィーはにべもない。
諦めて、周りを見渡す。
元々起伏のある地形を河が削ったのか、川岸には地層が連なった丘や崖が露わな山がそこかしこに存在する。
鉄の比重を考えれば、そう遠くない場所に露出している鉄鉱床がある筈なのだが、まだ見つけられていない。
今日はもう店じまいかと思った瞬間、目の前の丘の中頃にきらりと光りを感じた。
「ちょっとかくにんしたいの」
私がそれを伝えると、渋々といった感じでヴェーチィーが着いてきてくれる。
蹄鉄の音を緩やかに響かせながら、丘に近づくと崖崩れがあったのか地層が露わになっている。
その中の白い層が太陽の光を反射して、輝いているように見えたのだ。
私は記憶の中に引っ掛かる物を感じて、刃を引き抜きそっとその正面を削ってみた。
それほど力を入れていないにも関わらず、表面には傷が付き粉っぽいものがぽろぽろと零れる。
私は粉を指先で抓み擦ってみて、にやりとほくそ笑む。
「柔らかい石なのね」
私の様子を見ていたヴェーチィーが表面の傷を眺めながら、そう告げる。
「これははっけんなの!! じゅうようなの」
踊りあがらんばかりの勢いで万歳をして抱き着いた私に、目を丸くしたヴェーチィーの表情は印象的だった。
「予算計上? また何かするのかい?」
急いで家に戻った私は、執務拠点にいる父の元に向かった。
お願いしたのは新規事業について。
「うつわをつくりたいの」
「器? 食器とかの事かい?」
「そう。きれいなうつわなの!!」
私が勢いで話すと、はぁっと溜息を吐いた父が書きこんでいる最中だった羊皮紙を机に置き、テーブルの方に指を向ける。
「詳しく話してみなさい」
興味が湧いた印という事で、私は心の中でガッツポーズを決めた。
この村というか、国レベルでの食器事情なのだが。
木器か自然釉薬の陶器が主である。
王都では青銅食器もあったが、数少ない例外だ。
森林資源が豊富なのが理由なのか、粘土の利用にあまり熱心でないのがこの国の印象である。
通常、建築材となった場合に安価かつ容易に供給可能な粘土を選択するというのは往々にしてある。
それでも、王都の町中は木造建築が主体だし、王城に至っては総石造りの重厚なものだ。
粘土に関しては壁材の一部に使われているに過ぎない。
食器に関しても、漆器では無く木地のままで、手入れを怠ると腐ったり傷んだりする。
自然釉薬の陶器に関しても、手ごねで作ったものを低温で焼いているため、野暮ったい感じがする上に脆い。
旋盤の機構に関しては、熊おっさんに基礎をレクチャーしている。
ろくろの開発は容易だろう。
その上でネックになっていたのが、窯の問題だった。
「あたらしいざいりょうで、かまをつくりたいの」
「窯とは、炭を作るものかな? まだ許容量はあったと思うけど」
「ちがうの。うつわをやくの」
私が見つけたのはろう石床と思われるもの。
生前は陶芸が趣味だったので、窯から焼き方までは記憶に残っている。
焼成亀裂に対する配合比率に関してだけは手探りになるが、そこまで高いハードルではない。
それに粘土に関しては、地表すぐに存在しており、子供が泥遊びに使うほどだ。
子供の作ったマギーラ様像とかが家の玄関に飾られたりしている事もある。
「ふむ……。やりたいのか?」
「はい!!」
手を上げながら告げる私は、その先の未来を見据えていた。
窯の製造レベルが上がれば、耐熱性の向上が図れる。
そうなれば、高炉の生産も夢ではなくなるのだ。
はふはふと興奮している私を見つめた父が溜息を吐きながら、計画書の提出を求める。
私はててーっと急いで部屋に戻った。




