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第134話 健康的で文化的な最低限度の生活

 長旅で鬱屈しているだろうし、色々目新しいものがあった方が良いかな。

 そんな事を考えながら、玩具箱を漁る。

 という訳で、部屋にあるだけの玩具を用意してみた。


 くてんと傾けられるアリゼシアの首。

 そりゃそうだ。

 遊び方が分からない玩具を用意されても困るだろう。


「これは、もじをおぼえるふだです」


 取りあえず、単語板から遊戯の啓蒙を始める事にした。


 小一時間も経過した頃だろうか。


「ふぉぉぉ……。これ、これやりたい!! あ、でも、これも!!」


 子供特有の柔軟さというか、どうも遊んだ事など無かったようで完全にはまってしまった。

 現在はあれも面白そうだけど、これも面白そうという事で目移りしている状況のようだ。


 言葉に関しては騎馬民族としての素が近しいのか、言語そのものが近しいためちょっとしたすり合わせで十分に遊べた。

 取りあえずお気に入りは積み木のようだ。

 あと、ままごとというか、実際の食器を小さく作ったものになる。

 王族として育てられた影響か家庭生活というものに飢えているようで、ヴェーチィーが母親役になって遊んでいる。

 竹とんぼに関しては感激が頂点に達したのか、目を丸くしたまま動かなかった。


「鳥を作れるの?」


 なんて聞かれても、返答に困る。


 それからあれもこれもと遊んでいたが、夕餉の時間という事になり迎えが来て部屋に戻っていった。

 勿論単語板はがっしり掴んで離さなかった。

 滞在中に覚えるらしい。


「気晴らしは出来たかな?」


 母達が夕食の準備を手伝っている間、父が近づいてくるとぽふぽふと頭を撫でながら聞いてくる。


「あまりよいかていかんきょうじゃなかったらしいの」


 アリゼシアは良く分かっていなかったが、ままごとの際の状況を見て侍女の人に聞いてみた。

 口が堅い人ではあったが、嬉しそうに遊ぶアリゼシアに絆されたのか苦し気になりながらもぽつぽつと教えてくれた。


 アリゼシア自身が国王の年齢に比べて著しく幼いのは、最近入った妃の娘だかららしい。

 ある程度の年齢がいった国王のため、孫可愛がりするのだが、寵姫の座を奪われまいとする周囲が母親と合わせてアリゼシアに嫌がらせをしているようだった。

 その辺りに疎い国王が状況を理解しないままに、環境が整えられていたようだ。


「そうか……。国の信用としての楔が役目ではある。それでも不幸になるのは悲しいね」


 そっと頭をぐりぐりしながら父が語る言葉に、私もこくりと頷いた。


 夕餉の席はこちらの主導でいけたので、いつもの通り宴席となる。

 祖国の味という事で棒鱈(バカリャウ)のコロッケをはじめ、腕によりをかけて心づくしが用意される。

 勿論旬の冬のウナギから脂の乗った川魚の干したのまでより取り見取りを用意してみた。


 北の海に近いとはいえ、内陸にある都では早々に魚介類も口に出来ない。

 百花繚乱といった食卓の華やぎに、王女の同行者の目も丸くなる。


「ふわぁぁ……。お魚が沢山ある。凄い」


 勿論アリゼシアの度肝も抜けたようだ。


 宴席では父が先程の情報を迂遠に混ぜながら、より深度の深い情報を得るべく同行者を酔い潰していく。

 酒飲みが多い北方の人間とは言え、蒸留酒の敵ではない。

 通常、挨拶程度しか口にしない侍従や侍女といったお世話役も酒量を間違えたのか酩酊している。


 宴席の後は身を清めるという事で、浴室に案内となる。

 冬場でも寒くないように作られた浴室には火鉢が置かれ、豊富な湯が用意されている。

 寒い時期に長期の移動をしてきたお客様への少しばかりの心配りと考えていたのだが。

 薪炭の額を考えれば、こんな小さな村が用意出来る湯量では無かったようで、すこぶるつきに感謝された。

 お腹いっぱいで温まれば、後はぐっすり夢の中という訳で、健康的に睡眠という流れになったのは予想通りだった。


「行くの? もっと遊びたい……」


 三日程休息を兼ねて滞在していた使節団も移動となる。

 アリゼシアは当初のお人形のような様子では無く、年相応に自分を出すようになっていた。

 玩具で遊ぶ事も覚え、母やヴェーチィーの温もりに守られる事を覚えた。

 それが良い事だったのかどうかは定かではない。

 それでも、そんな時間があったという事に価値があるのではないか。

 そんな事を考えながら、別れを見送った。



 アリゼシアを見送ってから、冬の開発期間として考えたのが火熨斗(ひのし)だ。

 というのも、全体的に布というものがくちゃっとしている印象が多かったからだ。

 儀礼用の服なんかは洗って干す時に重しを置いて乾かすなどして伸ばしている。

 その辺り面倒が多いのと、布を売る時にぱりっとしている方が付加価値が付きそうなので虎おっさんを訪ねる。


「厚みが難しいな……」


 熱を通し過ぎると、焼けてしまう。

 炭を乗せながら程よい熱を通すには、底部の厚さが肝心だ。


「それでもまきじゃなくすみをつかわないといけないこれはうれるの」


 薪を乗せて火熨斗を使うのも良いのだが、臭いが移る欠点がある。

 それに対して炭であればそんな心配も無い。

 炭とセットにして考えさせれば、炭の売り上げにも近づくし、類似品が出た時に出せる手札も増える。

 単純な構造なので真似はされるだろうが、色々とシナジーを作っておけば、元祖程度の看板になるだろう。


 そんなこんなで開発の日々を送っていた最中(さなか)だった。

 再び王都から伝令が訪れたのは。

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