第133話 金糸の娘
精緻に細工された白木の椀に注がれた紅玉の雫。
辺りには香気が立ち込め、いやがうえにも期待が高まる。
「どうぞ」
老侍従の見事な所作で王女の前に椀が置かれ、それから私達へ。
「歓迎を感謝します」
ころりと鳴るような声が、ヴェールで隠された向こうからか細く聞こえる。
侍女がそっとヴェールを捲るとそこには金糸の少女の顔が現れた。
年の頃は四、五歳だろうか。
淡い青い瞳と合わさって、スラブ系を彷彿とさせる。
宗教画で描かれる天使を彷彿とさせると言えば、言い過ぎだろうか。
そりゃ、この子を見れば可愛がる気持ちも分かるなと思いながら侍従に促され椀を手に取る。
「では、双方の親睦のために」
椀を掲げ、鼻の前で燻らす。
何年ぶりのまともな紅茶だろうか。
母の入れてくれるハーブティーは好きだが、やはり懐かしいものは懐かしい。
そのままそっと一口、香気と一緒に取り込むように優しく啜る。
「ふむ……。結構なものだな」
父が深く瞑目しながら告げる。
母も紅茶が珍しいのか、味わいながら椀を傾けている。
私は、若干しょんぼり目でへの字眉毛になってないか心配だ。
輸送の状況が悪いのか、そもそもの製法が悪いのか、どこかかび臭い。
乾燥した冬場とはいえ、水場を移動してきた際にでも傷んだのかもしれない。
心の中で、くてんっとしょんぼりしながら、それでも懐かしい紅茶に舌鼓を打つ。
茶会の話は此度の戦争とその賠償から対応に至るまでの経緯をオブラートに包みながら説明し合う流れになった。
攻められた身としてみれば唐突な侵攻であったが、噂の通り飢餓が北部では発生しているようだ。
一昨年から続く不作の影響が積み重なり、そろそろ破綻間際になったが故に動いたという流れらしい。
「納得はし難いが、経緯は分かった」
父が大きく息を吐き、こくりと頷く。
下手をすれば収奪されて、皆殺しになっていた可能性もある相手。
隔意が無いとは言えない。
が、目の前にいる少女にそれをぶつけるのは憚られる。
それを見越してお気に入りの娘を出してきたのであれば、向こうの王もとんだ狸だ。
「では、詳しい話は後程。幼い者同士、遊んできなさい」
政治の話が混じり始めると、まだ子供には早いという事で、王女と侍女そしてヴェーチィーと私は別室に移動した。
王女の身柄だが、内々とはいえ王女であるヴェーチィーがいるという事で向こうにも納得してもらう。
静々と廊下を歩む姿は、子供らしくないというか鍛えられた所作を感じさせる。
儚い雰囲気に騙されていたが、これでも王女なのだなと考えを改める。
火鉢でぬるまった空気の中、そっとアリゼシアがヴェールや外套を脱ぎだす。
「暖かい……。暖炉はないのに。あれは、焚き木? 部屋の中で?」
きょろきょろと子供らしい好奇心に満ちた挙動で辺りを見回すと、早速火鉢に目が向く。
「熱いのでお気を付けください」
私が声をかけると、はっと我に返ったように目を見張ると、へにゃっと顔を崩す。
「あなたは誰?」
先触れに家族構成は伝えていたが、お茶会で紹介されたのは家長のみだ。
「レフェショヴェーダ、ディーがこ。ティーダです」
私とヴェーチィーが自己紹介をすると、アリゼシアの表情がふわりと笑みに彩られる。
「ここまでの旅は大人の人ばかりだったの……」
崩した表情を曇らせながらアリゼシアが告げる。
私はヴェーチィーと向き合い、頷き合う。
「じゃあ、きばらしをしましょう」
私はせめて、この一時がこの少女の心の安寧になればと、早速自慢の玩具へと歩を進めた。




