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第132話 紅い雫

 村の外れに着いた集団から二名が筒のような物を抱えて先に進んでくる。

 示し合わせたように向かい合わせになると、先が膨らんだ筒を口に咥え、胸を大きく張り出す。

 次の瞬間響くのは、物悲しくも荘厳な音色だった。

 通常なら軍楽隊が用意され壮麗な軍列が先導していたのだろう。

 それを考えると切なさを感じるが、それを考えさせる程の使い手を用意したのは関係者の出来る限りの抵抗だったのだろう。


 曲が余韻を残しながら終わると、集団が静々と進んでくる。

 集団の最前列では、煌びやかな衣装を着た聖職者らしき人物が何かを振り回しながら進んでくる。

 振り回す物に合わせてたなびく煙。

 風下に立って待っているとふと鼻に感じる香り。

 何らかの香木か樹脂を炊いている香り。

 振り香炉かと得心しながら、列が進むのを待つ。


 村の人々も初めて見る集団に息を止め見入っている。

 当初は歓迎ムードを出した方が良いのかと先触れに確認したが、静粛な方が望ましいとの回答が来たので粛々と待っている。

 これに関しては、実質人質という意味での悲哀とかでは無く、国としての作法らしい。


 館の前まで進んできた集団が毛足の非常に長い大きなヤクに乗せられた輿を止める。

 兵も従者も併せて整列すると、跪き両手を天に掲げた。


「天にまします父王より賜りし……」


 大仰な名乗りと共に輿の御簾が上げられると、ちょこんと豪奢な衣服に着ぶくれした子供が老いた侍従に手を引かれ降りてくる。

 静々と館の前に辿り着くと、侍従は離れた。


「レフェショヴェーダを任ずる、ディーと申す。遠路はるばるの御着き、慶事と看做す」


 先触れの人に伝えられた通り、応対の挨拶を交わしていく。

 向こう側の国に関しては宗教色が強いらしく、この辺りの対応は儀式的なものらしい。

 リグヴェーダが王権神授を前提とした王主権の国であるのに対し、宗教と王権が混在しているのが特徴との事だ。


「アリゼシアは感謝の意を示す。よろしく」


 小さな鈴の鳴るような響きが少女の口から紡ぎ出されると、下がった老侍従がこくりと頷く。

 茶番は終わりという事で、集団を手短に館に案内していく。


「大分衰弱していたわね……」


 後ろで見ていた母が少し切なそうに呟く。

 アリゼシアと名乗った少女の声からも、覇気は感じなかった。

 実際に色々している私でも三歳の身として出来ない事は多々とある。

 冬の最中に隙間風が入り込む輿に乗って長距離を移動するなんて苦痛でしか無いだろう。


「少しでも回復してもらえれば良いね」


 案内を終えた父が戻ってくると、こちらの様子に気付いたのか、声をかけてくる。

 母と一緒に見ていたヴェーチィーと合わせて三人でこくりと頷き合い、少女の体調のために何が出来るか考え始めた。



 通常であれば、客の訪問となれば嬉々として宴会の準備を始めるのがリグヴェーダ流なのだが。

 先方からは向こうの流儀でやりたいという話が来ていたので、厨房を明け渡す。


「色々複雑みたいね……」


 母が説明を終えて戻ってくると、ほぅっと溜息を吐きながら呟く。

 どうも毒の警戒から、体調不良の状態で宴に参加するのは困難との配慮まで色々あっての対応らしい。

 客の応対は受け入れる側の力を示す機会なので、本当なら非礼に当たるが、向こうは王族という事で事なきを得た。

 でもあまり大っぴらには出来ないので、お口チャックと約束した。



 応接の間には複雑な香気が立ち込めている。

 お茶を飲みながら歓談をしようという話であったが、短い時間であっという間に雰囲気が変わっていて驚いた。


 と、そんな中でふと懐かしい香りに目を引かれる。


「ふぉ!?」


 私が息を吸いながら驚きの声を上げると、皆の目が集まる。

 持参した茶器から滴る紅の雫。


「あぁ、色ですかな? 御心配なく。飲み物です」


 先程の老侍従が説明してくれるが、私は驚愕に戦慄いていた。

 紅茶だ……。

 香りは間違いない。

 懐かしい味を楽しめる。


 久々の御馳走に心の中でスキップを踏みながら、お互い席に着く。

 さぁ、お茶会の始まりだ。


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