第131話 使節団の訪問
暗闇の中、唸るような音と共に叩きつけるような振動が家を小さく揺らす。
寒さはますます厳しく、家の外を蹂躙し尽くす。
と、家の中を見てみるとどうかというと。
「お茶よ」
「ありがとう」
炬燵の上に資料を広げてお茶の器を傾ける父。
執務室が寒いらしく、逃げてきたようだ。
部屋の隅では火鉢の灰の上で炭が赤々と燃えている。
その傍ではラーシーがうつらうつらと船を漕いでいた。
「まきのゆそうはだいじょうぶそう?」
夕食の後の気怠い雰囲気の中、父に聞いてみる。
「あぁ。荷馬車を優先して回してくれている。そのまま炭の輸送に走り回っているそうだ」
北部の復興も順調に進んでいるようだが、今年は寒気が厳しく、とにかく暖を取らないと人が死にかねないという話が流れてくる。
比較的南部に位置するこの村でも雪が厳しいくらいなのだから、さもありなんと思う。
「ふっこうしえんのざいもくもひつようにならないのかな」
木材も刈り過ぎれば枯渇しそうなのだが、その辺りはどうなのだろうかと聞いてみる。
「王都の東部は森林地帯になっているよ。農地拡大のため、そちらを開拓しているから木材の供給に関しては問題無い」
「でも、かってばかりだといつかはなくならない?」
私の言葉に、一瞬戸惑った父がふむと右手で顎を揉みだす。
「現状は農地拡大という命題があるけど、必要量を確保した段階でどうするかは不明だね。そうか木か……。成長には時間がかかる。遠くに刈りに行けばその分労力がかかる……か」
今の段階では自然の方が圧倒的に優勢なので、多少乱獲したところで大きな影響は出ないだろう。
それでも将来拡大した王都、そしてこの村の需要を満たすだけの資源があるとは限らない。
「しょくりんをていあんするの」
「木を植える? ふむ。計画的に長い時間を見て植えておくという事か。穀物と同じく、収穫を考えると……。理があるね」
今までの生活であれば自然の拡張分を少し拝借する程度で済んでいたが、炭を製造し始めると一気に荒廃が進む。
となると先に手立てを打っておかないといけない。
「にじゅうねんくらいをかんがえるの」
「ふふ。その頃にはティーダにも子供が出来てそうだ。いや、孫かな」
鬼が二十人くらい笑いそうなスパンの話をすると、父は柔らかな笑みを浮かべてそっと頭を撫でてくれる。
「すみとしてのりようならもっとみじかいの。でも、もくざいとしてつかうならそのくらいかかるの」
私が改めて伝えると少し真剣な表情で考え込んだ父が、春から改めてプロジェクトを起こすと請け負ってくれた。
ならば安心かと炬燵の中にずりずりと潜り込み、ころりと寝転がる。
ふわぁと欠伸をした瞬間だった。
遠く響く荒々しいノックの音。
その瞬間、父の表情が一変する。
キッチンで作業をしていた母とヴェーチィーが怪訝と不安の入り混じった表情で部屋に戻ってくるのと入れ替わりに、父が玄関に向かう。
慌てたような報告が微かに聞こえたと思うと、父が戻ってきて口を開く。
「ベベレジアの使節団が隣村に到着したそうだ。うちも受け入れの準備を行う」
穏やかな冬の日々も少しの間お預けかと、心の中で溜息を一つ吐いた。
夜明けと共に父を筆頭に、村が慌ただしく動き出す。
執務拠点の受け入れ態勢の確保、滞在中の食料品の調達、エトセトラエトセトラ。
父が精力的に活動している横で、私は聞き耳を立てる。
使節団は三十名程とかなり少ない。
護衛も含めてこの数では一国の王女の護衛と考えると全く足りないと考えられるが、どうも裏があった。
この王女は末娘らしく、ベベレジアの王は可愛がっているのだが、その分周囲には疎まれているようだ。
という訳で、賠償金の質に送り出すようにと周囲が画策した結果が現状らしい。
隣国の噂の上に、尾鰭が付きまくっているので正しいとは判断出来ないが、一つの指針として持っておこうと考えた。
という訳でバタバタと受け入れ準備を進め、何とか格好が付いたのが三日後。
使節団の訪問の先触れが到着してから五日後だったので、ぎりぎりで格好が付いた感じだろう。
慌ただしかった日々を思い返しながら笑顔を浮かべる。
村の中心を静々と進んでくる行列。
異装の集団の迎い入れが始まるのだ。




