第130話 炭が出来ました
煙が絶え、数日して焚口を壊す。
真っ暗な窯の中に蝋燭を差し込み、十分な酸素が流入したのを確認する。
天井を見上げると、黒く煤けているが、かっちりと焼成されていた。
「せいこうなの」
てちてちと焚口から布を顔に巻いた姿で出てくると、ぶふっと熊おっさんの笑い。
何がと思いながら手を見ると、気付かず真っ黒になっていた。
きっと、顔を拭ったから顔も真っ黒なのだろう。
「わらってないの。はいをかきだして、すみざいをいれるの!!」
きりっと告げると、熊おっさんの指示の下、作業が進む。
窯の中を隙間無く炭材が埋めたのを確認し、焚口に障壁を作る。
この際に、若干の隙間を開けるのが味噌だ。
焚口の前に火口をレンガで組んで、火を入れる。
ここからは夜を徹しての作業だ。
「こうたいでおねがいします」
並行して建てていた炭小屋に、村の若い子が入る。
火口の火を絶やさず、炭窯の中を延々蒸し焼きにする必要がある。
寝ずの番になるが、冬場の仕事が無い中での高収入なので、やる気は十分だ。
ゆらゆらと揺れるように炎を上げる火口を眺めて、どうか無事炭が出来ますようにと神に祈る。
最初の二、三日は白い煙が延々煙突から噴き出していたが、三日目を過ぎ、四日目になった頃に煙が上がらなくなった。
「ひをけすの。うめるの!!」
窯の口を塞ぎ、排煙口も塞ぐ。この状態で、窯の中が冷えるまで待つ。
窯の周りのほんわか温かゾーンでは雪も積もらなかったが、窯が冷えるにつれて徐々に積もり出す。
もう十分と判断し、焚口を崩して、開けてみると、白い灰に塗された炭が所狭しと並んでいた。
叩き合うと、チンチンと高い音を上げる程の極上品。
熊おっさんを見つめてにやっと笑うと、にやっと返ってくる。
「さぁ、運び出して次だ、次!!」
熊おっさんの号令で、炭と灰の運び出し、そして次の炭焼きの準備が始まった。
木酢液の生産は順調だ。今回も大量に取れたので、各家庭に分けても余る。
冬のあかぎれ対策に、湯に入れて手足を浸けるのを推奨した。
それに、冬温かい家の中には有象無象の虫が入ってくる。その経路に撒いていると害虫も入ってこないので安全だ。
炭は元より、灰にも利用価値がある。火鉢に使うのもそうだが、土壌改良用の肥料もそうだし、炭俵の緩衝材にも使う。
台所洗剤にも使えるし、雪の上に撒いておけば融雪剤にもなる。
「みち!!」
「あるける!!」
雪が積もってから、雪かきに明け暮れていたが、灰を撒いて日に晒すと太陽光の熱で雪が融けると知り、皆が真似をし出した。
子供達が、遊びの延長で灰を撒いている姿をよく見かけるようになった。
炭に関しては、どんどん兵の人に渡す。北方はかなりの寒さらしく、少しでも暖を求めているらしい。
炭窯ですら飽和しかねない勢いで、炭の発注が入る。勿論これまで炭を交易していた村や遊牧民からもせっつかれる。
という訳で、今年の炭小屋は中々の重労働となった。
それでも、冬場のまともな仕事などほとんど無いし、現金収入が入るという事で、引く手数多だった。
「ふへぇ……」
炭の出荷のピークを何とか無事に乗り切り、久々の休みという事で、庭にぽてっと座って休憩する。
周囲では、雪合戦やかまくら作りが盛んにおこなわれ、庭はぼこぼこになっている。
横では、フェリルとジェシがくっついてぬくぬくしている。
「あそばないの?」
「ふぉ、ぬくーの!!」
「いっちょ、いる!!」
最近また忙しくて、構わなかったのが原因か、横を離れない。
と、お母さん方の井戸端会議からふと話題が聞こえてくる。
兵の噂によると、ベベレジアの方は今年もかなりの冷え込みらしく、予定していた賠償金に遅れが出そうらしい。
その見返りというか、謝意を籠めて、ベベレジアの王女が人質として送られてくるという話だ。
となると、うちの村に寄るのかなと、面倒事が起きなければ良いなと。
大岡裁きのように左右から引っ張られ、首元が冷える中、徒然と思った。




