第129話 炭窯作り
あまりにも悲しんだ私を見かねたのか、次の日皆が帰ると、父が大きな袋を手渡してきた。
「皆で採ってきた。大事に楽しみなさい」
袋を開けると、大量のクルミ。それも果肉を除いて干したものだった。
「ふぉ!! いいの?」
「皆で分けた残りだ。あんなに美味しいものを教えてくれてありがとうとな」
父が微笑みを浮かべて頭を撫でてくれるので、機嫌は直った。
機嫌は直ったが、最初に強制回収されたのは納得いかない。今後は断固として奪われない。
そう誓っていると、ぺふぺふと母にも撫でられる。
「もう。強情な顔をしないの。皆も半信半疑だったの。それにお返しするって分かってたでしょ?」
そう言われると、何だか強情を張っている自分が幼いような気はしてくるが、納得はいかない。
ぷんすこしていると、ぎゅっと抱きしめられる。
「また、美味しいもの教えてね」
母に頼まれたらしょうがないかと溜飲を下げる事にした。
そんな感じで、何度か森に入る。
フェリルがシカに追いかけられたり、ジェシがリスを飼うといって聞かなかったり、色々事件は起きたが、季節は足並みを揃えて巡っていく。
「ふぉ?」
ぽつんと冷たいものが頬に当たって、雨かと思い、上を見るとちらほらと舞い踊るものありけり。
「ふぉー!!」
「ゆきなの!!」
フェリルが興奮したように庭を駆け巡り、ラーシーが触発されたように後ろを駆け始める。
ジェシは綺麗なものに手を伸ばすように固まって、じっと見つめている。
一歳児達は初めて見る現象に、遊ぶ事も忘れて口を開けたままぽかーんと空を見上げていた。
冬の始まり。
村はしんしんと白に埋もれていく。
冬の職業として新しく生まれたのは、炭小屋の運用だ。
蒸留酒の貯蔵に使っているオーク材、ナラ材は硬く加工が難しい。
その為、加工から輸送までは殆ど王都に任せている。
この恒常的な搬入をペイさせる手段として、炭の出荷を始めた。
勿論薪炭木は持ち込んでもらい、村で加工する。
秘伝を極めたこの村でしか良質の炭は加工出来ないという謳い文句になっている。
というのも、雪が降り始める頃には早々に条約を交わしたダーダー達が帰還した。
雪で帰れないのを見越していたので、初めから重めの条件をぶつけて、軽めの条件を出し直す形でスムーズに交渉を成立させたらしい。
国家間の戦争行為ではないので、勝ち負けははっきりさせない。
ただ、犯罪者が国境を侵犯し、村々に損害を与えた責任は発生する。
その賠償を命じるという形だ。王都側はその代償を見越して、各村の復旧に走り回り始めた。
そんなある日のこと。
「なんじゃ、これ?」
ダーダーが湯浴みから戻ってくると、居間に火鉢が置かれていた。
家族としては見慣れたものだったので、何も感じなかったが、ダーダーの目に留まった。
「煙は出ん。燃えさしのように見えるが……。火も上がらんのに、熱いな」
「軍務、それは炭というもので……」
父が説明すると、食いつかんばかりの勢いで興味を示す。
そりゃそうだ。軍の兵站を考えれば、嵩張る薪は大きな問題だ。
炭ならば燃焼時間も長く、燃焼効率、温度の維持も圧倒的に薪に勝る。
問題は……。
「製造に薪を使う事によって、高価なのです」
父の言葉に、ふむむと考えていたダーダー。
生産効率の話になり、結構盛った数字を父が述べた瞬間、ぱしんと膝を叩いて立ち上がる。
「採用!! 済まぬが、助けてくれ!!」
ぼったくるようになったのは良い傾向と思いながら、ダーダーの勢いには面食らった。
「ふつうのまきより、ずいぶんとこうかですが……」
「なぁに。輜重の荷物の量を考えれば、圧倒的に安い。何よりも軽く場所を取らぬのが大きい。将来的には王都にも仕入れたいが、まずは傷ついた村々の手当ぞ」
同じ容量で考えれば炭に軍配が上がるだろうが、国の重鎮が話をすると斯様にもさっさと決まるのかと、トップ外交の恐ろしさを垣間見た。
取りあえず、ダーダーが王都に帰る際に、薪を王都から村に贈ってもらう手筈で契約を結ぶ。
後は、生産した炭を国軍の人が各村に配送するそうだ。
という訳で、炭小屋である。
当初はもみ殻や、伏せ焼き、去年作った小さな炭窯で炭を作っていたのだが、注文に間に合わない。
どうも軍の方の炊事や暖を取る手段としても炭を使っているようだ。操るのが容易な炭の魅力は瞬く間に伝わり、軍の中からもひっきりなしのラブコールが来るようになった。
「というわけなの」
「やつらが考えなしなのは分かった」
「こまったものなの」
熊おっさんと色々うんうん唸ってみたが、大量生産の手段を作らないと忙殺されると分かったので、大規模な炭窯を作る事にした。
幸運な事に、蒸留環境の拡大に使うための耐熱レンガは大量にある。使い切れるほど、村に人間はいない。
という訳で、これを組んで新たな炭窯を作るという段取りになった。
村から左程離れていない丘陵地。
将来的には焼き物の窯を作りたいと思っていたので、その第一歩として炭焼き小屋の建築を進める。
まずは、斜面に縄張りをして、位置出しとして掘っていく。規模は四畳半程度。
底の土を打って固め、粘土を敷き詰め、底側の空気取り込みのための銅柱を並べる。この時に煙突に向けて、傾斜を作る必要がある。その辺りも加味しながら、調整を進める。
窯壁を作って、排煙口を設ける。ここの大きさが結構シビアなので、後で調整出来るように仕掛けを施す。
で、そのまま煙道を立ち上げて、側壁を打ち上げていく。
壁が出来たら、炭材を並べて、棚置きを行う。で、天井の形に木々を組んで、皮で覆う。
そこに粘土と焼土、軽石を混ぜた天井材を盛っていって取り敢えず、形は完成。
一週間程かけて十分に天日で乾燥させた後、焼成用に棚置きした木々に点火する。
もくもくと立ち上る煙に割れないでくれと窯の無事を熊おっさんと一緒に祈った。




