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第128話 クルミ・フォーエバー

 はぁ……。両手に息を吐くと、ほのかに白く染まる。井戸から汲んだ水も随分冷たくなってきた。

 ぱしゃぱしゃと顔を洗って、眠気を追い出す。足元ではラーシーが寝起きで興奮しながら走り回ったかと思うと、ぺろぺろと水を舐めている。


 森の木々は色づいた葉を落とし、一気に痩せた印象を与える。

 ふかふかとした地面は、まるで布団のように感じる。


「この時期は動物さんはお腹いっぱいなので安全です。でも、近づいたら駄目よー」


 お母さん方の注意にはーいっと皆で唱和して付いていく。

 秋も暮れたということで、木の実拾いにいこうという事になったのだ。

 子供達の瞳は森への興味にキラキラ輝いている。私も木の実は好きなので、大きめの袋を抱えて参加している。


 春の時とは様相を完全に変化させ、どこか明るい森の中をてちてちと歩む。


「お……」


 早速クルミを発見し、確保。中々この硬い殻を破れないのか、不人気なようで腐りかけた黒い実がそこかしこに落ちており、次々と袋に放り込んでいく。


「ふぉ、みちぇ。これー!!」


 ジェシが可愛らしい黒々とした椎の実を掲げる。


「おぉ。スダジイなの。おいしいよ?」


「ほんちょ? ちゃくさんひろうー!!」


 ててーっと駆けていくジェシ。途中でぱたんと柔らかい足場に足を取られるが、ころんころんと転がってえへへと笑いながらまた駆けていく。

 ふかふかだから、痛くないんだろうな。


「てーぃ」


 と、見守っていると、背後から鋭い声。振り向くと、お腹にイガイガがぶつかる。


「みちぇ!! たくさんあるの!!」


 両手にイガイガを装備したフェリルがむふーっと笑みで登場する。

 ぱかっと靴で開けてみると、中身は空のイガだけだった。


「なかみないよ?」


 ちょいちょいと手招きしてフェリルを呼んで、開いているのを見せるとふぉっとびっくりしたような表情を見せる。


「クリはかんたんにたべられるし、おいしいからすぐになくなっちゃう」


 私がそう答えると、得意げだった顔が涙目に変わる。そっと差し出してくる袋を開けると、中にはイガイガが沢山。

 ざらりとひっくり返して、重さを量っていく。


「あ!!」


 その内、一つずしっとしたのがあった。足で開くと、立派に艶々したクリが頭を覗かせる。取り出して、皮を見てみるが、虫食いの跡もない。


「これ、どうぞ」


 そっとフェリルに渡すと大切そうに抱きしめて、いそいそと袋に仕舞う。


「あっち、あっちにちゃくさんあるの!!」


 ぐいぐいと手を引かれて、移動する羽目になった。あぁ、私のクルミ……。

 という訳で、連れてこられた場所で、延々とイガイガ相手に格闘する事になった。

 流石に量が多いのか、そこそこの収穫があったのは僥倖だった。

 フェリル? 中身が無いイガを子供達にぶつけて遊んでいた。まぁ、怪我をするほどの重さも無いし、大丈夫だろう。


 二時間程経って、集合がかかったのでてちてちと集まる。そのまま森の外に出て、館に戻る。

 部屋の中では、敷物の上に秋の恵みがこんもりと盛られる。


 やはりというか、人気第一位はクリだった。甘味は重要だし、美味しいもんね。

 それから、ヤマイモ、キノコと分配されていき、シイは比較的後回し。量が多いからだ。ギンナンも不人気。

 で、最後まで人気が無いのがクルミ。簡単に割れないからか、不人気なのだ。後、あの脂っぽい味が苦手な人が多い。

 私はホクホク顔でクルミを独り占めした。


「おいしーくるみーをたべるにはー」


 歌いながら、桶の中で腐りかけたクルミの身をタワシでこそいでいく。

 取りあえず、べりっと果肉を剥がすと一般的に見るクルミの種が見えてくる。これに果肉が付いていると腐ったりカビが生える原因になる。

 なので、水で一生懸命洗うのだ。

 ちなみに女性陣は逃げた。クルミの実はアクが強いので、手が荒れる。ギンナンと一緒だ。

 綺麗に果肉を落としたら、木組みの荒いザルに開けて、天日干しする。

 一時間程ラーシーと遊んでいたら、秋の抜けるような日差しで乾燥が完了する。


「まま、いってほしいの」


「はいはい」


 にこにこ顔の母に今日の分のクルミを手渡す。チロチロとした弱火で、ころころと鍋の中で転がすようにクルミを煎っていく。

 五、六分もすると、先の方が少し開いてくるので、火から下ろす。

 冷めたら、ちょっと開いた筋にクルミの先を当ててちょっと力を入れると、かぱっと開く。コツを掴めば、簡単に開けられるのが素晴らしい。

 串で、中身を皿に開けていく。


「あんまり食べると、お夕飯入らないわよ?」


「おりょうりにしてほしいの」


 見守っていた母にお願いする。


「えー……」


 母も脂っぽい味が苦手らしい。

 なだめすかして、お願いする。


 クルミをすりこ木で砕き、荒い塊に変える。それを再度炒りながら、味噌モドキと砂糖、それに酒を投入して、伸ばしていく。

 ちょっとどろどろかなという感じの段階で、火から下ろし粗熱を取る。この際に、水気が飛んで冷えると固まる。


「おあじみ」


 匙でちょいっと削り母に渡す。むむむという表情で見つめていた母がえいやっと口に含むと、ぱぁっと華やかな表情に変わる。


「まぁ、甘い……。それに深い味ね。美味しい」


 もっとと匙を伸ばしてくるので、死守する。


「だめ。おりょうりにつかうの!!」


 という訳で、料理に使う事にした。


 分厚いイノシシの筋切りしたロースを用意して、弱火でじっくりと脂を落とす感じで焼いていく。

 外はかりっと、中は柔らかな感じに焼きあがったら、先程のクルミ味噌を投入。脂で伸ばしながら、ロースと馴染ませていく。

 ふんわりと甘い味噌が焼ける匂いが広がると、我慢出来なくなったのか部屋で勉強をしていたヴェーチーも顔を出す。


「なんだか不思議な香り」


「おいしいよ?」


 くんくんと嗅いでいるヴェーチーの頭を撫でると、なんだか恥ずかしそうな表情を浮かべる。

 食いしん坊は好きだよ?


 と、皿に盛りつけていると、父が帰ってくる。


「じゃあ、食べようか」


 父の一言で、食事が始まる。

 イノシシのロース焼、クルミ味噌和えをはむりと口に含む皆。

 一瞬の沈黙の後、急いで咀嚼が始まり、飲み込んだ瞬間、ざわめく。


「これは……。クルミかい? でも、こんなに美味しかったか?」


「まぁ、イノシシの脂と合うのね? お魚にも使えるのかしら……」


「甘い……。美味しい」


 高評価にぐっとガッツポーズをして、私もはむっと口に放り込む。

 まず来るのがクルミの煎った香ばしい薫り。それにイノシシの脂の甘い香気が絶妙に混ざり、鼻から抜ける。

 そして、舌の先に感じるのが味噌と砂糖、そしてイノシシの脂の甘さ。複雑に絡み合った旨味が痺れるように舌を伝わって、頬の辺りの筋肉を刺激して笑み崩れる。

 噛んだ瞬間、さくっとした食感から、むちっとした食感に変化する。そして、むちっとした層に辿り着いた瞬間、溢れる肉汁。炒める際に、肉の内部に浸透した味噌の塩分と旨味が混ざった肉汁がクルミの脂っぽい旨味と調和し、口の中を駆け巡る。

 咀嚼を済ませ、こくりと飲み込んだ後も舌の上に残り後味を引く、クルミとイノシシの脂の旨味。それを粥で洗い流し、再度頬張る。その繰り返しの輪舞曲(ロンド)


 父は黙って席を立つと、そそくさと蒸留酒を持ってくる。強いアルコールで洗うというのも合いそうだなと思っていると、母も杯を差し出す。

 そんな父母の姿を横目に、お子様な私とヴェーチーは粥と一緒にうまうまとクルミ味噌を楽しんだ。


 とここで終われば、楽しい日常の一幕なのだが、やはり一筋縄ではいかない。

 次の日の集まりでは、やはり館に近い家から、良い匂いがするという疑義が表明され、クルミ味噌の正体が露呈した。


「ふぉぉ、せっしょーなの!!」


 結局、頑張って下拵えしたクルミ達は、村に配られる事になった。

 頑張って、磨いて、煎ったのに……。

 私が布団で泣き濡れたのは言うまでもない。クルミ・フォーエバー。

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