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第122話 鬼神の走破

ただ幸せな異世界家族生活の一巻が発売しました。

是非お買い上げ下さい!!


書名:ただ幸せな異世界家族生活 ~転生して今度こそ幸せに暮らします~

出版:SBクリエイティブ

ISBN-10:4797395036

ISBN-13:978-4797395037

発売日:2018/3/14

特典:

アニメイト様 SSリーフレット

とらのあな様 SSリーフレット

メロンブックス様 SSリーフレット

 朝焼けの光が降り注ぐ中、彼方から馬群の轟が雷鳴のように近づいてきた。北方、まだ薄暗い先からは雲霞が集結するように砂煙が天へと昇っている。

 ごくりと誰かが喉を鳴らすのが聞こえた気がした。いや、自身が飲み込んだ音だったろうか。心臓がバクバクと音を立てているが、全身は冷えて酸素が足りているとは到底思えない。


「兵数、三百未満。やってきます!!」


 斥候に出していた兵からの報告が上がった瞬間、皆の中から悲鳴染みた溜息が吐き出される。徐々に伝播し、委縮する空気。まずい……。そう思った瞬間。


「やっと来たか。北の騎手は鈍間(のろま)と聞くが、いつまで待たせるか。もう朝食も消化して、腹が減ってきた」


 父が何事も無いように叫ぶと、固まっていた空気がゆるりと和む。


「あれだけ食わしてもらったのに、もうですか?」


 兵の一人が軽口を叩くと父が破顔する。

 村では炊き出しが行われ、朝から温かい食事を腹いっぱい食べた兵や村人の士気は高い。初めての脅威に冷え縮こまっていたベールを取り払えば、戦場の熱狂が再び戻ってきた。

 それを見計らったように父が馬上から指示を飛ばす。


「先見は付かず離れず誘導せよ。状況がここまでくれば斥候狩りも吸収し、戻ってこい!!」


 父の言葉に、セーファが駆けていく。暫くすると馬群から数騎が離れ、戦場の方に駆けていく。

 昨晩から報告で少なくない兵が斥候として出張って来ていたのは報告を受けていた。それも数に任せて駆逐したとの事なので、こちらの戦術が露見する事は無いだろうと考える。

 がやがやと動き始めた自陣の中、馬上から敵軍を眺める。地平線の彼方に影絵のようにちらちらと騎兵の姿がうっすら見えてきた。その姿はずんぐりとしており、動きは遅い。


「略奪品をそのまま身に着けているからだよ。追手がかかっているから保管も出来ない。哀れなものだね……」


 父が小声で教えてくれる。荷物を大量に運ぶ術もないから、身に着けるしかないと。結局それで騎馬の持ち味である俊足を殺していれば、世話はない。こちらが楽になるポイントが増えれば増えるほどありがたい。

 翻って身軽なこちらの騎兵は敵軍の鼻先を掠めて、大胆に挑発しこちらに駆け戻っている。度々止まっては、何かを叫ぶような恰好をしているので、余程に鈍足なのだろう。


「見よ、まるで川の亀よ。あれが馬か? 仔馬にも劣るな」


 父が叫ぶと、嘲笑染みた笑いが陣営に響く。馬を誇りに思っているがゆえに、誇りを穢すその姿には辛辣だ。先程まで自陣を覆っていた怯懦の雰囲気は霧散した。士気は徐々に天に昇っている。


「あ!?」


 前方を注視していた兵が驚きの声を上げる。見てみると、敵陣の先端の騎兵が空を舞っていた。馬は後足を上げて無様に転げ、兵は空から落ちたまま動かない。


「くいにぶちあたったの」


 私が呟くと、周囲の兵達から失笑が漏れる。予測進軍ポイントに事前の策として乱杭を打ち込んでおいた。アトランダムに打ち込まれた杭は馬の脚を取り、転倒させる。偶に引かれた縄に引っ掛かるものも出るだろう。


「あんな物も避けられんのか……」


 兵も村人も面白いように飛び立つ兵を見ながら、呆気に取られる。皆、自分達で試した時はすいすいと躱していたので分からないだろうが、軍勢として動くというのがどれ程に窮屈か。私はまず一手が功を奏したのにほくそ笑む。

 敵も馬鹿ではないのか、中央の杭が無い地帯に向けて収束し、密集陣を作りながら速度を上げてくるが……。


「あ、飛んだ。……まただ」


 そもそも慣れない密集状態を維持出来る訳もなく、何かの拍子で接触し馬群が広がった瞬間、杭の餌食になっている。次の戦術のために密集してもらえれば御の字と思っていたが、百には満たないにしても、それに近い数字の騎兵が脱落したのが分かった。


「そろそろか」


 父の言葉に第二の手、トレビュシェット部隊が用意を始める。ぎりぎりと縄が絞られる音をBGMに、敵の先陣を見極める。今だと思った瞬間、父が大きく剣を振る。それに合わせ、林の中で隠れていた村人達が縄を引き、杭に縄塀が張り巡らされた。

 ひょーいっと無様に飛んでいった数騎。それを見て馬群を止める現場指揮官。ぶるぶると馬の嘶きが聞こえんばかりの様子で、ぐるぐると縄の前で回っている。


「はーなてー!!」


 父の叫びに合わせ、バヅンと縄の切れる音と共に空気が切り裂かれる音が遠く響き、バガンと鈍い音が前方に轟く。ガラガラと何かが崩れる音と共に、土煙が立ち上る。


「次射、よーい!!」


 父の矢継ぎ早の指示に、トレビュシェット部隊が忙しく動き回る。徐々に晴れてくる土煙。混乱の極致の敵陣の頭が見えたと思うと、その足元には砕けて原型を留めない馬と人が入り混じった何かが散乱していた。狂気を孕んだ悲鳴が響く中、後陣に押され再度密集していく馬群。

 父の指示の下、次弾が発射される。再度響く風切音。そして鈍い破砕音。怨嗟の叫びは酸鼻を極め、哀れを催しそうになりそうな程だった。足止めのための岩弾、そして殺傷を目的とした散弾。この二撃で、敵陣の士気はどん底まで落ちた。自由に身動き出来ない中で前方から対処出来ない物が飛来するのだ。そりゃきつい。

 最先端の兵が怯懦に襲われ反転して逃げようとするのを後陣が切りながら詰まりながらも前に押し寄せてくる。足止めの縄塀は投石器の影響で切れたようで、無傷の馬群がようやくその目に収めた我々を切り裂かんと逸りながら駆けてきた。乱杭ゾーンを抜けて横陣気味に広がりながら、やっと近接戦が出来ると足を止めた我々を充血した瞳で見据えながら、ただ前に進む。


「まだだ。引き付けろー。……よーし、放て!!」


 父が大きく手を上げ、ぶんと振り下ろした瞬間、山なりに槍が雨のように空を舞い、馬群に降り注ぐ。これが、第三のそして最強の一手。

 投槍器(アトラトル)。投石器で倒しきれない敵が来た場合を見越して、訓練を進めていた弓を超える一手。手槍に引っかける棒という単純な器具なのだが、これが中々凄い。ただの手槍を飛ばしても、五十メートル飛ばせれば御の字だ。それが、投槍器を使えば、百メートル以上先の的を狙えるようになる。弓と違って、習熟にかかる時間も短い。連打は出来ないのが欠点ではあるが、(かなめ)のタイミングで投げつけられるならこれほどに強い物は無い。


 陣を組み直しながら駆けていた馬群は次々と斜めに落ちてくる槍に馬をそして人を串刺しにされて、滑りながら転がっていく。圧倒的な戦況。戦場に広がる静寂の中、父の馬が嘶きを上げて前足で空を掻く。


 遂に、鬼が走る。


「進軍」


 父の静かな一言が、自陣を駆け抜ける。自然に上がる声。それは静かに、徐々に熱狂的に戦場に木霊し始める。


「ウーララララー!! ウーララララー!!」


 蛮声は轟き、引き絞った弓から放たれるように兵達が駆け始める。私のすぐ横を見知った顔が、熱病に魘されるかのような笑顔を浮かべ突進していく。土煙を上げながら、接触する。その刹那、空気が破砕されたような音が響き、豆腐を崩すかの勢いで駆け抜ける。乱杭方面でまごついていた兵が後ろを見せるのを有機的な動きで集まった馬群が食い破り、あたかも蚕食するように切り裂いていく。逃散する騎兵を悉く撫で切りにして再集結したのは三十分にも満たない後だった。


勝利(ヴェーダイン)!!」


勝利(ヴェーダイン)!! 勝利(ヴェーダイン)!!」


 美しく整列した兵と村人が勝鬨を上げる中、私はこっそりと安堵の溜息を吐く。そっと頭に延ばされる手。見上げると、にこりと微笑む父の顔。私もにっこりと微笑み返した。


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