第119話 化粧水の効果
蒸留所で目いっぱい汗をかいてから川で汗を流すと肌がきめ細やかになるとの噂が立ったのは蒸留が本格的に進み始めて数日経った頃だろうか。サウナみたいな状況で汗だくになれば、そりゃ新陳代謝も活発になろうという訳で、眼前ではうら若きお母さん方が布一枚で子供達と一緒に川遊びを楽しんでいる。
「ふぉ、およぐの!!」
「きょうは、くるりするの!!」
幼馴染ーズはお母さん港から出港して、淵の中ほどまで進んではくるりと転進、港に戻る行路を楽しんでいる。水の中で前転したり、犬かきしながら息継ぎをしたりと少しずつ皆も泳ぎが上達している。
「ほら、ティーダ。おいでー」
母はパンパンと手拍子しながら腕を広げて川の中ほどを進んでいるので平泳ぎもどきで向かう。気付くと少しずつ後退しているので泳ぐ距離を延ばす算段なのだろうなと気付く。すいよすいよと息継ぎしながら、ばしゃりと母に抱き着くと、引き上げられて頬でぐりぐりされた。
「ふふ。十分泳げるわね」
母がそう言いながら周りを指さす。そちらを眺めると、子供達が尊敬の眼差しでこちらを眺めている。
「かえるみたいなの!!」
「まま、げこさんみたいなの!! やりたい!!」
大騒ぎの中、お母さん方が子供達のお腹を支えながら泳ぎを指導する光景が広がった。
いつになく泳ぎを頑張ったためか、早々に皆スタミナが切れて、焚火の傍に寝かされてオムツを交換するとすぐに寝息の大合唱が始まる。
私も薄い小麦色に焼けた健康的な御御足に囲まれながら、林から降り注ぐセミの喧騒を子守歌に、燦燦と降り注ぐ陽光を身に浴びながら、ふわと眠りに就いた。
起きた順に薬湯を啜りながらほへぇとまったりした時間を楽しんでいると、母達の会話が聞こえてくる。話題の中心はやはり蒸留酒のようだ。
量産が出来たので、低濃度蒸留の蒸留酒を若干飲み屋さんに卸してみたが、評判は悪くないようだ。現状はワインを材料に蒸留しているため、単価が高く度胸比べのアイテムとして珍重されているようだが、今後量産可能な穀物からアルコールを取れるようになったら単価も下がり、受け入れられていくのだろうなと。
それと並行して、貯蔵、熟成を行えばまた新しい商業の目玉も生まれるだろう。清水に近く、夏と冬の温度差があり、天候が穏やかなこの村はきっと向いているだろうなと薬湯をちびりちびりとやる。横を見ると相変わらず慣れないのか、幼馴染ーズはうでぇと吐いていた。
「けしょうすいをつくるの!!」
ある程度高濃度のアルコールが生産出来てきたので、薬品用とは別に化粧品用としての在庫も確保出来た。
材料はアルコールと水が1:2。ドクダミの量は乾燥させたものをアルコールの十分の一量が目安となる。
日干しして乾燥させたドクダミを土鍋に入れた用意した水で煮立たせる。初めは強火で沸騰させて、後はことこと弱火でじっくり成分を抽出する。薬液を箸で上げた時にてとんてとんと垂れるようになったら丁度良いので、目の細かい布で濾す。
濾した抽出液を消毒した甕に入れて、アルコールと少量のツバキ油を混ぜてよく混ぜる。
「これがけしょうすいなの!!」
くんくんと甕を嗅いでいる母の後ろで胸を張って宣言すると、ヴェーチーがぱちぱちと拍手してくれる。
「うん。濃い匂いだけど、私は好きかなぁ……」
母がすくっと立つと、使い方を聞いてくる。
「くびにぬって、ちくちくしないていどまでみずでうすめて、かおぜんたいにぬるの。せんがんごがこうかてきなの!!」
私が告げると、母と顔を見合わせたヴェーチーがうきうきした表情で甕を抱えて部屋に戻る。ふぅぅ。父のお酒をゲットするための見返りとして化粧水を作る事を提案したけど、喜んでもらえれば良いのだがなと思いながら、嬉しそうな二人を見送る。
ドクダミ化粧水の大きな利点は、ドクダミが持つ殺菌作用だ。年齢的に、ニキビに悩むお年頃な母だったが、効果は絶大。
「見て!! 母様!!」
祖母の胸に飛び込む母。そもそも殆ど手入れという概念が無い状況でも綺麗だった母だが、結果としてしっとりつるりの美人さんになった。ヴェーチーに関してはまだ子供だしいらないだろうと思ったのだが、もちもちと掌で嬉しそうにほっぺをぷにぷにしている様を見ていると、作って良かったなとほっと胸を撫でおろした。
父の評判も良く、弟か妹はきっともうすぐなのだろうなと楽しみになってしまう。ちなみに、井戸端のお姉さま網の感度は高く、旦那の呑む酒よりも化粧水を優先すべしという直訴が上がったのは言うまでもない。
飲む人代表の父のちょっと困った顔には、てへへと誤魔化し笑いで返しておいた。




