第118話 お爺ちゃんの思い
星がまだ瞬きを帯びている曙。ふと気配を感じて目が覚めた。庭に人がいる気配を感じたので、布団から抜け出してちてちと向かってみる。横を見ると、ラーシーがご飯くれる? みたいな表情を浮かべて着いてきているが気にしない。
サンダルを履いて、裏手に回ると裂帛の気合。ふしっという擦過音と共に、金刃がまだ薄い闇の中を煌めく。悠々と大河の迸りを感じさせるような剣の冴え。戦闘は苦手と聞いていたが、老人会の人々の迫力に匹敵すると、ふぉぉと眺めているとチンと鞘に剣が納められる。
「誰だい」
声がかかったので、ちょこんと顔を出してみる。下ではラーシーがはっはっと人懐っこそうに尻尾をふりふりしている。
「あぁ、ティーダだったのか。おいで」
一瞬目を丸くした祖父は、一転破顔して手招く。てちてちと向かうと、大きな手が頭の上に覆いかぶさり、ぐりぐりと動かされる。
「動かないと鈍るからね」
「おじいちゃんは、けんはにがてってきいたの」
薄く汗をかいた祖父が体を拭うと、そっと抱き上げてくれるので聞いてみる。
「そうだね。苦手だけど、そうも言ってられないから練習は欠かさないよ」
きょとんとして聞いていた祖父がにこりと微笑み、呟く。皺が深く刻まれた手を摩りながら、そっと村の方を見つめる。
「この村を守りたい。そう思って鍛えてきたんだ。王都にあっても、それは変わらない。ティーダはこの村が好きかい?」
「うん、すき」
私が大きく頷くと、ぐりぐりと撫でてくれる。
「儂らが贖ったこの村。守り手も引き継がれるか。儂は儂でやるべき事をやるべきだろうな」
そう告げて下ろしてくれた祖父は、剣帯を解くとふわと座り込む。横からは魔法のように現れた祖母がカップを差し出し、美味そうにぐびぐびと飲み干す。この祖父にして、この祖母があるんだなと仲の良い二人の姿を見て、思った。
祖父母は村の人に挨拶をすると出て行ったので、いつも通り皆と一緒に庭で遊ぶ。照り返す日差しの中、ころころと受け身の練習を皆でやっていると、セーファが玄関に向かうのが見えたので、ててーっと挨拶に向かう。
「あぁ、こんにちは。受領が完了したから報告に来たんだ」
大名行列が運んできた荷物達。セーファ達が延々検品をこなしていた。それが完了したらしい。
「昨日から警備そしてずっと帳簿とにらめっこだったからね。慣れない作業だったし、褒美でもあげたいなと思っているんだけど」
そんな会話をしながら執務室の方に向かう。後ろには幼馴染ーズがさも当然という感じで、ぴっとりくっついている。
父は祖父への情報をまとめるために今日は家の執務室で作業をしている。トントンとノックすると誰何の声が聞こえてきたので名乗って用向きを話すと入室の許可の旨を伝えてくれる。扉を開けると、いつもは整然とした部屋が上から下への大騒ぎな状況になっている。あぁ、母が絶対に怒る。そう思いながら、セーファの報告を見守る。
「褒美か。何が良いか……」
父が顎に手を置いてむむむと悩んでいるので、ひょこっと手を上げる。
「おさけがおおいから、すこしくばるの!! おんなのこにはぬのがおすすめなの」
昨日の目録を見ていると、酒類を買いこもうとしていたのが伝わっていたのか、とにかく酒が多い。後、女性には村で織っている布をプレゼントするという形で問題無いかなと。夏着を作りたいだろうし。
「まぁ妥当か。セーファ、適当な数量を調整して配給してくれないか」
父の言葉に頷いたセーファが退室するので、私達も一緒に部屋を出る。検品が終わったという事は、使えるようになった。ひゃほーいと、新たに建設した蒸留所に向かう。
「ふむ。こういう構造と意図か……」
挨拶を終えて合流した祖父が漏れ出る蒸気を手で扇いで嗅ぎ、納得したように頷く。
「しゅせいはねつによわいの。それをあつめてひやすとえきじょうになるの」
私は祖父に説明しながら、てとんてとんと滴り落ちる蒸留酒を眺める。鍛冶屋の方では父のGoが出たので、大手を振って蒸留器の量産を始めた。効率を考えると大型化した方が良いのだが、そこまでの技術とノウハウが無いので並行して量産する方を選んだ。現在は母を先頭に子育てが一段落した奥様方に火の番をお願いしている。流石の女性陣だけあって、とろ火での火加減はお手の物だった。
「これが酒の塊というべきものかい。毒を消すというのがよくわからないね」
祖父が蒸留された命の水をちゃぷりと揺らしながら呟く。
「つぶしたやくそうをつけるのといっしょなの。もうにかいほどじょうりゅうするひつようがあるの」
「薬草を煮出して効果を強くするのと似ているね」
祖父が感心したように声を出すと、額の汗を拭う。蒸留器を並行して動かしている蒸留所はサウナのように暑い。夏の最中と酒精の香りが充満しているというのも相まって、頭がくらくらしそうだ。
奥様方に適度の休憩を指示してもらい、家族で脱出する。草原を越えてきた風が心地良い。水場が近い方が良いと新たに掘った井戸に下がった釣瓶を上げると、瑞々しい果物が一緒に上がってくる。母が手慣れた様子で皮を剥き、さくさくと刻んで布に包み絞る。冷やしたカップにそれを注ぎ、そっと祖父に差し出す。
「ふう、人心地ついたよ」
ほわりと人好きする笑みを浮かべて、祖父がこくこくと果汁を楽しむとほぅと大きな息を吐く。
「本当に、豊かになったねぇ……」
感慨深げな一言に、私は今までの頑張りを認められたようで、少しだけ嬉しかった。




