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第116話 こんにちはおじいちゃん

「ふぉぉ、いきかえるの」


 井戸から汲みたての水を甕に入れて抱き着くと、ひんやりした冷気を感じて、火照った体がクールダウンするのが分かる。もう、君を離したくない。


「じゅゆい!! かわゆ!!」


「じゅんばん!!」


 ふへへと甕に抱き着いていると、幼馴染ーズが目敏く発見して交代を希望してくる。名残惜しさを感じつつ交代すると、二人揃って抱き着いて、へにゃっとなっている。


 折からの気温上昇はどんどんと空気を熱し、遂にピークに達しようとしている。村全体がのっそりしているような錯覚を覚えるほどに暑い。

 今年は例年に比べても暑く、道の先を見ているとゆらゆら陽炎のように揺れて見える。木陰で休んでいるお母さん方も体温の高い子供に抱き着かれると、ちょっと困った表情を浮かべている。


 蒸留酒が解禁されても、現物があんまりないので王都からの買い出し部隊の成果にかかっている。瓶での買い付けだと埒が明かないので樽で買い付けてみた。

 というのも、荷馬車β君が遂に完成したからだ。今までの荷馬車α君だと道の凸凹をダイレクトに受けてガタガタと揺れが酷い。小麦とかなら問題ないけど焼き物を積むと、余程に梱包を厳重にしないと割れてしまう。その対策として、台車を分離して板バネの機構を荷台との間に付けてみた。吊り馬車に移行しようかなとも思ったけど、重量物を支えきれないので輸送には板バネの方が向いていた。ちなみに板バネに関しては、投石機(カタパルト)の副産物となる。

 これ以上の振動対策は道を整備しないと難しい。今までは馬での移動が主だったため獣道に毛が生えたような道で問題なかったが、今後は石畳の舗装も考えないといけない。そこまでいくには国主導のインフラ整備として扱ってもらう必要があるなと。

 ちなみに計画としては荷馬車β君を複数台を生産して、王に献上しその謝礼金でワインをゲット。そのワインを残りの荷馬車に積んで帰ってきてもらう。


「かんぺきなけいかくなの!!」


 王の意向次第だけど、どれくらいの荷馬車が帰ってくるか楽しみだ。その分ワインが増えるのだ。

 くすくす笑っていると、幼馴染ーズが不思議そうな表情でこちらを見上げていた。



「ふぉ、およげゆー!!」


「ぱちゃぱちゃー」


 夏の盛り、川まで来た私達はお母さん方に手を引かれながらピンクの豚さんモードでぱちゃぱちゃしていたが、顔を浸けられるようになった子供達が遂にお母さんの手から離れて、ちゃぱちゃぱと出港し始めた。まだ息継ぎが出来ないので、苦しくなると港に戻って掬い上げてもらわないと駄目だが格段の進歩だ。


「くちん」


 相変わらず、くしゃみ一つでさぁっと引き上げられる木っ端艦隊だけど。


 焚火の傍でほへぇとしていると、慌ただしい足音が聞こえてくる。すわ何事と顔を向けると、フェリルの父が慌てた様子でこちらに走ってくる。それを見つけたお母さん方が悲鳴を上げながら服の裾を直し始めるが、構ってられないという勢いでこちらの面前に走り込んできた。


「おう、三代目。大変だ。すぐ村に戻ってくれ!!」


「なにがあったの?」


 きょとんと首を傾げてみた。


「馬車が、荷馬車が帰ってきた!!」


 それは僥倖。でも、何故慌ててるんだろう。首がくてんよりももう少し傾げられた。



 父と合流してベティアに乗り込み、村のはずれに向かって馬首を向ける。少し小高い丘まで登ると、視界が開けるのだが……。


「うわぁ……」


「これは……壮観だな……」


 王都から伸びる道が大名行列みたいに、荷馬車で埋まっていた。



 セーファ達が隊列を組み、迎えに行くと、向こうは王軍の輜重部隊との事だった。荷馬車に関しては王都で生産されている荷馬車達で今回は慣熟の意味も籠めての輸送だったらしい。ただ、載っているのは大量の資材に反物、そして……。


「これは……」


 父が目録を見て絶句したが、大量の酒類だった。


「陛下よりの書状です」


 畏まった輜重隊長がくるりと巻かれた羊皮紙を手渡してくる。父がさぁっと読み込み、小さく溜息を吐いて私に渡してくる。ふぉっと驚きながら読んでみると、それは感状だった。


「余程、新しい荷馬車がお気に召されたらしい」


 父の言葉の通り、従来型の荷馬車に比べて振動の影響が少ない。居住性もそうだが、運べる荷物の種別が増えるというのは輜重の観点でも非常に大きい。その辺りを踏まえた上で、開発の労を労うという意味での褒美がこの大名行列らしい。


 そしてなによりも……。


「父様、母様!!」


 輜重を迎える宴の準備で遅れていた母が馬で駆け付けた時には、最後尾に近かった。その最後尾には……。


「久しいな、ティン。ディーも息災でなにより」


 好々爺然とした老夫妻。


「ふふ、孫か。もう大きくなってしまった」


 抱き上げてくれたその顔には涙の輝き。


 はじめまして、お爺ちゃん、お婆ちゃん。

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