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第115話 酒は飲んでも飲まれるな

 ワインに残る糖分が焦げるといがらっぽくなるので、量が減った段階で母には火加減には気を付けてもらう。

 結局コップ三杯程度の一回目の蒸留が終わった。これでアルコール度数が二十%程度かな。確か三分の一程度に圧縮されるはずだ。分量的にも計算が合う。


「いったんかんせいなの」


 母に蒸留器を洗ってもらいながら、くんくんと出来上がった液体を嗅いでみる。市販のウィスキーのようにアルコールの匂いがぷんと鼻につく。


「薬はどうするの?」


 待ちきれなくなったようにヴェーチーが声を上げる。


「まだなの。こののうどだとうすいから、あとにかいじょうりゅうするの」


 私が事実を述べると、二人は絶望的な表情を浮かべた。

 それでも、家主の意向が大事なので、父の接待の準備を始める。


 桃に似たねっとりして瑞々しい果実をぽちょんぽちょんと井戸に沈めて冷やす。肴は父が好きなマスに似た魚を香ばしく焼いて皿に盛りつける。彩り豊かな春、夏野菜を添えて見た目も華やかにアレンジしていると父が帰ってくる。


「どうした? わざわざ……」


 玄関で三人がにこにこと待ち構えていると、引き攣った表情で父が呆れたように呟く。それを気にせず、まぁまぁと部屋に連れていく。


「豪勢だな……。何か祝い事でもあったのかい?」


 父がぽかーんとしながら呟くのに、ひょいっと杯を掲げる。


「あたらしいおさけができたの!!」


 私が叫ぶと、父がちょっと煤けた表情になる。


「あぁ、秘蔵のワインを提供したね」


 この村にはブドウが無いのでワインは作っていない。王都の南の方で作っている地域があるので、そこから輸入にしている。なので、王都時代にワインを嗜好し始めた父にとって、貴重なアイテムなのだが、今回検証のためにため込んでいたのを提供してもらった。


「こういうのになるの」


 杯の中には無色の液体がごくごく少量揺蕩う。父が顔を近づけると、うっと仰け反る。


「えらく酒精のきつい匂いが……」


 そっと受け取った杯をまじまじと見つめる父。


「まずはのむの」


 私の言葉に、意を決したようにがばっと杯を煽る父。一瞬訝しむ表情を浮かべた父だったが、けはけはとむせる。


「……きつい。喉が痛むな。えほっ。口から腹が燃えるようだ」


 目の端に涙を浮かべながら独り言ちる父。そりゃ、初めてウィスキーを飲んだ私も同じ気分になった。


「おいしい?」


 聞いてみると、父が首を横に振る。


「ここまでの酒精は初めて体験したけど、美味しいとは思わないよ。若干ワインの香りは残っているが、味もしないしね」


 至極残念そうに呟く。自分の秘蔵のワインがこれに化けたと、無念の思いが滲んでいる。


「ふふふ。そのままのむものじゃないの。でも、あじみだったの!!」


 私は含み笑いを浮かべながら父に告げる。母に目配せをすると、皮を剥いたモモモドキを布で包み、きゅうっと絞る。てとんてとんと果汁が杯に落ちると共に、濃厚な芳香が部屋に広がる。とろりとした果汁に蒸留酒を軽く注ぎ、ステアして父に差し出す。


「わってのむものなの」


 差し出された杯を疑心暗鬼な目で見つめながら、ままよとくぴっと小さく口に含む父。次の瞬間、瞼が見開かれ、ほぉっと溜息にも似た称賛の声が漏れ出た。


「これは……美味い。ヴェヴェの実は好きだけど、甘みがきついのは苦手だった。だけど、そのままの味でさっぱりとしているし、酒精も尖っていない。するりと飲める……」


 驚愕の表情で呟く父に、興味が出たのか母も杯を預かりそっと口にする。


「あら、ほんと。ワインは苦手だったけど、これなら飲めるわ。甘いけど、甘すぎない。でも、酔っちゃいそうね……」


「ふむ。果実酒も果実そのものの味は失ってしまうが、こうやって果汁の味がそのまま出るのは新鮮だね」


 父母の評価は上々だ。


「じゅくせいすれば、そのままでものめるの。でも、こうやってのむのもいいの」


 私が告げると、二人が破顔する。


「せっかくりょうりもあるの。たべるの!!」


 という訳で、ささやかな蒸留酒完成パーティーが開かれる事になった。



 一夜明け、早朝。太陽がまだ上がらぬ時間にぱちりと目が覚めた。昨夜は飲める量が把握出来ない二人が度を越してしまったので、早々に就寝となった。ワインであれば二瓶くらい軽く開ける父でも、蒸留して度数が上がった状態では、適量が測れなかったらしい。最後には、ワインで蒸留酒を割るなんていう禁じ手まで使っていたので、父のワイン好きは計り知れない。


「ママ、ママ」


 いつもなら起き出してくる母が鼾をかいていたので、揺らしてみると、ぼーっとした表情で上体を起こす。


「あら、ティーダ……。あう、あたま、いたい……」


 目に力が戻った瞬間、二日酔いで頭を押さえる母。私は急いで甕から水を汲んで、母に渡す。


「ありがとう……。あぁ、生き返るわ」


 んくんくと喉を鳴らしながら杯を空けた母が、落ち着いたように呟く。


「ふふ。ここまで酔ったのは初めてよ」


 くりくりと頬を頬に当ててくる母だが、ちょっとアルコールの匂いがした。


 ちなみに、父に至っては朝になっても、視界がぐるぐるする程に酒が残っていたらしく、本日のお仕事は開店休業となってしまった。教訓、お酒は飲んでも飲まれるな。


 ちなみに、蒸留酒の製造に関して、解禁されたのは言うまでもない。次は再蒸留だ。

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